3月上旬、兵庫県中部の多可町を訪ねました。かつては杉・檜の産地として賑わい、森林王国と呼ばれた山並みが名残をとどめている地域です。そんな地域で、今、大きな悩みの一つになっているのが、人と野生鳥獣と自然との共存の問題です。とりわけ兵庫県の中山間地では、シカによる農林業被害が深刻で、適度なバランスを回復するには、県内で平成28年度まで毎年3万3千頭を捕獲する必要があるといわれています。
そもそも、シカの害はなぜ増加したのでしょうか。専門家によると、エサや気候の問題だけでなく、根本的な原因は、農林業が衰退して人が里山や森林を使わなくなってしまったことにあるといわれます。つまり、野生のシカにとって天敵や人間の気配を感じる場所が激減したために、危険を察知して逃げることよりも、食べることや繁殖することに精力を注ぐ環境になってしまっているのだと。
豊かな山に恵まれた多可町は、明治期までは猟も盛んに営まれていたそうです。有害鳥獣対策としてシカを捕獲・処分して終わるのではなく、地域の資源として大切に活かしていくことができないだろうかと、猟友会をはじめとする多可町有害鳥獣対策協議会の方々が検討を重ねてきたそうです。そして、2月に兵庫県内では初の施設として、多可町小規模シカ肉処理加工施設がオープンしました。元保育所の調理室を活用した小さな施設ですが、高たんぱく・低カロリーで鉄分が豊富なシカ肉を、山の幸としておいしくいただき、生態系のバランスを回復する生活文化・産業文化をつくっていくための、小さいけれども大きな一歩です。
兵庫県に限らず、国土の大半が森林の日本では、山と里山と里がつながって、人と野生鳥獣と自然が共存する文化を、地域の人たちが経験的に生み出してきた歴史があります。宮崎県の山村にある銀鏡神社(しろみじんじゃ)で毎年営まれる神楽では、「ししとぎり」という演目があります。イノシシ狩りの様子を、男と女の猟師が狂言仕立てで面白く演じるのですが、そこで描かれるのは、農作物を荒らす存在への困惑の心情と、一方で貴重な動物性のたんぱく源として歓迎する心情と、相反する心情が交錯する暮らしのありようです。それこそが人の生活というものであり、ジレンマを抱えながら、ともに生きる関係の持ち方を探り、暮らしの知恵としての文化を生み出してきたのだということがわかります。
野性鳥獣とどう共存していくか、私たちの文化の力が試されているのだと、気づかされます。
※写真は銀鏡神社の米良神楽(銀鏡神楽)32番「ししとぎり」(宮崎県西都市)