思索を深めるのに格好の季節、秋の到来。過ぎた夏の出来事を振り返って考えてみる、そんな時間を持つのも悪くないでしょう。
ということで、この夏の旅からひとつ。訪れた北欧・フィンランドは林業が盛んなことで知られている国です。豊富な木材資源をもとに、優れた加工技術を生み出し、20世紀後半から北欧デザインの数々を世界に送り出してきた歴史があります。
生活を彩るプロダクト・デザインと、それを支える技術。大量生産の扉を開いた工業生産技術は、確かに経済の発展や生活水準の向上に貢献してきました。一方で、人間の欲望を際限なく増大させてしまう、やっかいな性質を持っていることも否定できません。
プロダクト・デザイン立国ともいうべき道を進み、さまざまな技術を開発し、ブランドを確立し、成長を遂げてきた北欧諸国は、この問題とどう付き合ってきたのでしょうか。そんな思いを抱きながらの旅の途上、出会った聖なる空間が、ある気づきを与えてくれました。とめどない欲望の暴走を抑制するのが、技術を活かすデザインの力なのではないか。デザインの力とは、技術と生活を接続する思想なのではないか。空間に触れて、湧いてきた実感です。
「ミュールマキ教会」。設計者は、ユハ・レイヴィスカ。白一色にペイントされた木材を組み合わせて構成された礼拝堂。北欧ブランドのペンダント(照明)の列が、天空へ垂直に伸びる空間を際立たせています。祭壇のテキスタイルは淡い緑と紫と青と白で、質素に織り上げられています。教会の一年を象徴する色で、緑は生と成長を、紫は平静と忍耐を、青は天を、白は祝祭と清純と永遠の喜びを象徴しているのだといいます。いずれも、フィンランドの暮らしに溶け込んでいる素材やデザイン・エレメントです。聖なる空間を表現する技術とデザインが、日常生活に接続されていくことで、欲望の暴走を防ぐ価値観が静かに育まれているように感じられるのです。
この教会は、礼拝堂のみでなく教区センターとして、集会室や子どもたちのクラブ活動スペースやサウナなど、いわばコミュニティ・センター的な機能を備えています。乳幼児から青少年まで、子どもたちの父親・母親も、ファミリークラブや、デークラブ、学童保育など、親子の成長を支える場として活用されているそうです。
子どもも大人も、日々の暮らしの中で、厳かで温かな空間に触れながら、知らず知らずのうちに、技術やデザインに対する感性やリテラシーを身につけていくことができるのではないでしょうか。
さて、そんな場が、今、私たちの暮らしの身近にあるかどうか。考えてみるにも探しに行くにも絶好の秋です。
※写真は「ミュールマキ教会」の礼拝堂(フィンランド)