猛暑をしのぐには水分補給が欠かせません。このところ私が愛飲しているのが、水出しの緑茶です。ガラスのポットに茶葉を入れて、水を注いで数時間冷蔵庫で冷やしておくと、目にも涼しくビタミン豊富な水出し緑茶がたっぷり出来上がります。グラスに注いでゴクゴクと爽快に味わう、夏の風趣に富んでいます。実は、キッチンのストッカーで眠っている、引き出物の緑茶を、おいしくいただく好機でもあります。
少し気分を変えたいときは、煎茶用の小さな急須で、濃厚な水出し緑茶を楽しんでみるのもおすすめです。お猪口のように小さな茶碗で、凝縮されたエキスに舌鼓を打つわけですが、夏バテ防止の滋養の補給にもなります。ここはちょっと上等なお茶の出番です。
こうして緑茶への興味が膨らんできたところ、知人の誘いでご近所にある煎茶道の一茶庵(宗家 佃一輝氏)にうかがう機会に恵まれました。文人趣味が尽くされた空間で、煎茶を味わう初心者向けのワークショップですが、市中の山居で繰り広げられる離俗の世界、無限の想像力と遊び心に、脱帽しました。
その日は、この夏の暑さに想を得て、池大雅と与謝蕪村の「十便十宜帖(じゅうべんじゅうぎちょう)」から蕪村が描いた一枚「宜夏(ぎか)」の複製が用意されました。その心について、水出しの煎茶をゆっくりいただきながら、あれこれと思いつく限りのことを語り合い、実にぜいたくな夏のひと時を過ごすという趣向です。
「十便十宜帖」は、中国・清時代の著名な劇作家李漁という人が、俗世を離れた山麓の草庵での暮らしについて、不便ではないかと問われ、いやいやたとえば十の便利なことと十の宜しいことがあると答えた詩を題材にした画帖です。池大雅が「十便」を、与謝蕪村が「十宜」を描いています。
ちなみに、十便は「耕便」「汲便)」「浣濯便」「潅園便」「釣便」「吟便)」「課農便」「樵便」「防夜便」「眺便」。自然とともにある暮らしのありようがうかがえます。十宜は「宜春」「宜夏」「宜秋」「宜冬」「宜暁」「宜晩」「宜晴」「宜風」「宜陰」「宜雨」。四季折々、日々刻々、人知を超えて千変万化する自然の妙が伝わってきます。
さて、「宜夏」の絵ですが、草庵の北向きの大きな窓から飽かずに外を眺める李漁の姿。周囲の樹木が炎暑をさえぎり、水面がのどかさを湛えています。李漁の歌の結びの語は、「水上の花」。けれども蕪村は、あえて花を描いていません。なぜか。真夏のミステリーさながらに、ああでもないこうでもないと、推理に打ち興じます。
心は「十便十宜」の山麓の草庵へ、煎茶を通してひと時猛暑を忘れるのもまたおつなものです。
※写真は目下筆者愛飲の水出し緑茶