都市の祭といえば、夏祭です。人がたくさん集まって暮らす都市では、疫病の流行や、河川の氾濫など、夏に膨らむ脅威の数々があります。6月30日に各地の神社で行われる夏越祓(なごしのはらえ)は、文字通り夏を無事に越せるように祈り、心身を浄め厄を祓う神事です。大きな茅の輪をくぐる風習も、今なおあちこちで見られます。
私が暮らす大阪市内でも、夏越祓を合図に、ビルの谷間まで夏祭の気配が漂ってきます。辻々に幟がはためき、夕暮れともなれば、まち中の公園や神社の境内から、ドーン、ドーンと、太鼓の音が響いてきます。
コンクリートのビルがひしめく現在の景観からは想像しにくいのですが、かつての大阪は甍の波が続く美しい木造のまちだったのです。商人のまちならではの合理的な発想で、長屋建てを中心とした町家が連なり、職住遊一体の豊かな生活文化が繰り広げられていました。その際たるものが、夏祭です。太鼓の音に耳を傾けていると、すっかり変わってしまった、いにしえの大阪のまちにタイムトリップしてみたくなります。
実は、絶好のスポットがあります。大阪くらしの今昔館(大阪市北区天神橋六丁目)です。江戸時代の大坂のまちと住まいを、緻密な調査研究に基づいて再現しています。ここを訪ねれば、本物の江戸時代のまち並みや暮らしぶりを体感することができます。ちょうどこの季節は、天神祭で華やぐまちのしつらいが見どころです。
沿道の町家は幔幕を張り高張提灯を掲げ、ハレの空間が広がっています。家々は、店の間の格子を取りはずし、座敷を開け放ち、家宝の屏風を広げ、商っている品々でユニークな人形などを作り、競って飾っています。町家とまちが一体になって、非日常の祭の世界を演出しています。
町家の表構えは、あらかじめ祭のしつらいに対応できるように工夫されています。通りに面して軒を並べる表長屋の商人も、家持ちの大店の家宝に負けない趣向を凝らしていたことでしょう。裏長屋の軒先にも祭提灯が下がり、こぞって祭見物に繰り出していたに違いありません。
表通りの大店と表長屋、路地の奥には裏長屋。裏長屋から表長屋へのサクセスストーリーもあれば、その逆もあり。さまざまな商いと暮らしが重層的にミックスされ、そこに人々をつなぐハレの舞台としての祭があります。要となる祭があって、まちの活力が更新され、引き継がれている様子が伝わってきます。
幸いにも、夏祭は続いています。今昔館の外も、まさに天神祭まっさかりです。夏祭を入口にして、現在の大阪と江戸時代の大坂を行き来して、そこに込められた知恵を汲み取っていきたいものです。
※写真は大阪くらしの今昔館、再現された江戸時代の大坂のまち