明治の日本人は翻訳能力が高く、江戸時代、とりわけ明治維新後に西欧の概念・哲学・学術用語などを日本語に翻訳していった。明治初期に翻訳センターが如く大量に言葉の翻訳がおこなわれた。そして日本で翻訳された言葉は中国に和製漢語として伝わった。
では、「エネルギー」という言葉をどう訳したのか?そもそもエネルギーの語源はギリシア語「ergon」で、仕事をする能力のこと。多くの訳語を中国は導入したが、ギリシア由来のドイツ語の「energie」は中国は「能源」と訳した。一方、日本は「エネルギー」と音訳したことから、日本は独特なエネルギーの世界を歩みだすことになる。
エネルギーという言葉、分かるようで分かりにくい。石油や石炭や天然ガスやメタンハイドレート、水素のことをいったり、太陽光発電や原子力発電や水力発電や風力発電のことをいったり、コージェネレーションや燃料電池やヒートポンプのことをいったり、電気やガスのこと、蒸気や厨房や動力のことをいったりと、「エネルギー」という言葉は様々な段階・階層で使われている。エネルギーとは「仕事をする能力」のことで、この「仕事をする能力」をつくりだすことを「資源」という。エネルギーと資源とは本来ちがうのだ。
そのエネルギーは流れでおさえることが求められる。資源 から燃料・原料を取り出し、それを「エネルギー変換システム」に投入して仕事をする能力という様々な形に変換させて最終エネルギーを生み出していくのが基本形である。経済産業省資源エネルギー庁が毎年次まとめている「エネルギーバランスフロー」が日本のエネルギーの構造を一目で示している。日本全体のエネルギーの流れを俯瞰する図が、日本のエネルギー戦略そのものである。このエネルギーバランスフローは毎年変わる。
またこのエネルギー変換システムの考え方で海外と日本の違いがある。ガスエンジンで電気と熱を発生するエネルギーシステムを日本では「コージェネレーション」というエネルギー機器を示すが、欧米ではCHP(コンバインド ヒート&パワー(電気と熱の効率的な組合せ))と呼んでいる。エネルギー機器で捉えるのか、エネルギー変換という流れで捉えるのか、ここにも日本と欧米のエネルギーの捉え方に大きな違いがある。
東日本大震災以降、再生可能エネルギーに注目され、地域創生の文脈で再生可能エネルギーを活用したエネルギーの地産地消が話題となっている。しかし地域ごとの再生可能エネルギーの議論で気になることがある。たとえば太陽光発電や小水力発電だけで、地域のエネルギーがまわり、解決するというような議論が多い。地域にある資源からエネルギーをとり出し、それをエネルギー変換システムに投入して、地域で必要な“仕事”をおこなうためには、地域ごとに地域でまわるエネルギーバランスフローをつくり出さないといけない。その基本が理解されていないことが多い。
(エネルギー・文化研究所 所長 池永寛明)