1976年といえば、大阪万博がおわって6年。
第1次石油ショックと第2次石油ショックの狭間の年。東洋の奇跡といわれた戦後の高度経済成長が止り、大阪をはじめとする関西の“経済的地盤沈下”が囁かれはじめたころだった。
その1976年、明治安田生命相互会社の大阪本部に「関西を考える会」がたちあがった。
関西の豊かな文化・歴史ポテンシャルを探ろうという生命保険会社さんの社会貢献としてはじまり、今年で42年。関西2府4県という「場」を様々なテーマでとりあげ、ステレオタイプで紹介されるような観光ガイドブック的な関西ではない「関西」を、有識者と読者とともに、地面に現場から多面的な「関西」を浮きあがらせている。社会貢献活動の枠を超えた「ソーシャル・デザイン」活動といえる。
これまで毎年、「関西を考える会」の冊子で取りあげられているのは、「路地」「橋」「駅」「寺社」「祭り」「水」などのテーマ軸に、関西という「場所軸」と過去から未来という「時間軸」を重ねあわせ、「関西」の様々な姿・かたち・記憶を発掘している。
NHKの「にっぽん縦断こころ旅」をよく見る。
視聴者から寄せられた手紙に書かれた「こころの風景」を旅人「火野正平」さんが自転車にのって全国を縦断しながら訪ねる番組で、日本の過去と現在を繋いでいる。
明治安田生命の「関西を考える会」はまさにNHKの「こころ旅」に先駆けたプロジェクトである。42年もこの活動をつづけている明治安田生命の“継続性”の凄さだけでなく、「関西を考える会」の事務局が有識者や読者から寄せられたメッセージの「場所」を休日にひとつひとつ訪ねる“という地道で誠実”な凄さに敬意を表する。
とてつもない“関西愛”を感じる。
今年度の「関西を考える会」は「ここぞ関西、だけでない関西」がテーマ。
私も寄稿させていただいた。私は週末に住んでいる高島の風景を書いた。
「滋賀県高島市今津の浜からの風景」
その瞬間を待つ間にたたずむ湖岸に寄せてくる波の音が心を刻んでいく。
湖西を群れとなり泳ぐ鴨は湖のなかに入り、また浮きあがり、飛ぶ。伊吹山の稜線を浮きあがらせた朝陽は、竹生島をいだいた湖面を圧倒的な色々と光線量で変えていく。藍色から黄金色、オレンジから青色へと、空からそして湖を豊かなグラデーションで刻々と変えていく。清々しく豊潤な風景が心にエネルギーを充填していく。
この湖西の風景は古代、この地に育った継体天皇や、戦国時代の武将たちや、近世に日本海の地域と京都・大坂をつなぐ交通・輸送ルートの中継地として歩いた旅人たちの心を癒し、力を注ぎつづけていたのだろう。昼間の今津からの風景も美しいが、私は日の出の湖西、それも冬の湖西が良い。
(エネルギー・文化研究所 所長 池永寛明)
〔CELフェイスブック 7月7日掲載分〕