櫓を囲んで、みんな、輪になって踊る。キャンプファイヤーも火を囲んで、輪になる。なぜ輪になるのだろうか?
昔からそうだった。縄文遺跡を復元した集落は、真ん中に村の集会所があり、それを輪の形に囲んで住戸が並ぶ。家の真んなかの囲炉裏の火をかこんで家族みんなが輪になって座り仕事をしたり、食事したり、寛いだりしていた。大切な火に対して、みんな、均等の距離を座っていた。これが日本人が大切してきた様式・スタイルで、重要なものに対する等距離観であった。
さらに家族の座る場所は決まっていて、家族のみんなは、火に対して等しい距離で、同じく暖がとれた。お父さんやお母さんが話をしていることが家族みんな、よく聴こえた。かつて日本の家で多くの家にあったちゃぶ台・丸テーブルは、家族みんな、輪になって、等しい距離に座った。
一方、西洋の家では、家族の座るレイアウトが横長(現代の日本のレイアウト)。等距離でないため、座る場所によってそれぞれの話が聴き取れる場合と聴きとれない場合がある。日本も戦後、ちゃぶ台・丸テーブルからダイニングテーブル、座敷で座るから椅子に座るスタイルに移行することによって、家族の座わる距離感がまちまちになり、家族の関係を変えていくことになる。
輪は音読みで「リン」、訓読みで「わ」である。中国から仏教の五大(地水火風空)と円形という意味の「輪」という漢字がもたらされた。日本人は「輪」という漢字を大和言葉の「WA」と解釈して、万葉文字「和」として日本的翻訳を行った。さらに日本人は和を平仮名「わ」、片仮名「ワ」として変換していく。よって、中国語の「輪」と大和言葉の「和」は同じである。
輪=和と日本的翻訳が行われたころ、「和を以って貴しとなす」という有名な言葉が生まれる。604年に作られた聖徳太子の十七条憲法の冒頭のことば。「和」がここで登場する。和とは荒事に対して「仲よくしよう」という意味ではなく、当時の日本の社会状況や価値観、様式を踏まえると、重要なことに対する和、つまり「輪」、円形の意味である「等距離を保証する」という意味だったのではないだろうか?
この価値観、考えかた、思想は、日本社会に脈々と流れる。中世から近世に生まれる「結」や「座」や「講」や、「井戸端会議」も、この「和」がベースにある。
明治維新の「五箇条のご誓文」の冒頭にも、「広く会議を興し、万機公論に決すべし」がくる。誰かが決めてそれを徹底するというのではなく、ある問題に対してみんなで話しあおう、つまりあらゆる機会に対して、誰もがそこに等距離であろうという意味ではないだろうか。ここにも「和」の考え方が流れている。
それは現代も生きている。大切なこと、守りたいことにそれぞれが等距離を保つのが「和」である。子どもたちの遊びも「輪」になる。椅子取りゲームもハンカチ落としも輪、キャンプファイアーも輪、盆踊りも輪である。
盆踊りの輪を見ながら、日本人が大切にしてきた「和」が生きていることを感じた。
(エネルギー・文化研究所 所長 池永寛明)
〔CELフェイスブック 8月24日掲載分〕