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2017年09月04日 by 池永 寛明

【交流篇】 トランスファー文化・アイデアを生みだす土壌づくり

   

 

「木村蒹葭堂」は人名である。200年前に、大坂の北堀江に住んでいた酒造家を営む町人「木村蒹葭堂」を9万人が訪れたという。大坂の中心地船場から徒歩30、北前船などの廻船が出入りする物流拠点である安治川・木津川の河口の傍に木村蒹葭堂があった。邸宅の跡に大阪市立中央図書館が建っている。

 

オランダ語、ラテン語を解する博覧強記の学者であり、書画・地図・動植物・鉱物などの蔵書家・コレクターであった。ひところでいえば「知の巨人」である。現代の「知の巨人」松岡正剛氏は「アジアの文化をメディアとしてとりこみ、木村蒹葭堂たった一人で日本全体をおおうセンターともいえる人材だった」と評された。

 

その木村蒹葭堂を日本中の学者、医者、漢詩人、絵師、大名、町人のみならず、外国人までもが訪れた木村蒹葭堂を主人としたサロンでの交流・交遊は当時の大坂のみならず日本に様々なアイデア、ビジネスを生み出したのだろう。

 

江戸時代の大坂商人は、北海道の海藻をみて昆布を生みだし出汁にして美味な料理文化を育てた。菜種をみて菜種油を製造して、江戸時代の夜を明るくした。綿花をみて着物をつくりファッションを育てた。このように全体像、社会のあり姿をイメージし、産業連関を描きビジネスモデルを組みたてた。それらをだれが考えたのか判らない。おそらくいろいろな人が次々とアイデアを出して組みあわせ、新たな商品・サービス・ビジネスがうみだされたのだろう。

 

「天下台所」とよばれた大坂で、畿内や江戸だけでなく日本国内の各藩の人たち、海外の人たちが交流しあい、様々な専門分野の人が集まり、多面的な情報を坩堝にして、それを取り込み、編集し、独自の「トランスミッション」を働かせて、新たなものへと変換させ、すこし「実験」し、その反応をフィードバックし、価値あるものを次々とつくりだしたのではないだろうか。

 

多種多様な情報から価値あるものに変えていく「トランスミッション」が「天下の台所」をつくりだした本質と考えられるが、北前船や菱垣廻船・樽廻船などによる水路ネットワークや株仲間・講といった業界ネットワークに加えて、木村蒹葭堂のような「交流・学びの場」が大きく貢献していたと思う。

 

「スタートアップ大競争」の連載を読み、なぜ世界でその起業のアイデアが生まれるのかを考えるなか、木村蒹葭堂が生きた「天下の台所」の大坂というまちの風景とともに、世界を舞台にメディアアートキュレータとして活躍されている羽生和仁氏にお聴きしたベルリンの風景が目に浮かんだ。

 

「毎週ベルリンでは、毎週末、ギャラリーにアーティストたちや富豪やビジネスマンなどいろいろな人たちが集まり、ワインを片手に議論するというバーというかサロンのようだった。若いアーティストと大富豪が議論したり、様々な専門分野のアイデアが組み合わされ、新しいビジネスが次々と生まれている。それがベルリンが進める「シリコンアレー」ブレインストーミングコラボレーションの土壌になっているのではないか」と羽生氏が語っておられた。これこそ、現代版の木村蒹葭堂ではないか。 

 

(エネルギー・文化研究所 所長 池永寛明)

 

〔日本経済新聞社COMEMO 831日掲載分

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