「5年間、海外駐在員とその家族がメルボルンに住んでもらうために、どのような暮らしができたらメルボルンに住みたくなるのか」を企業誘致にあたってまず考えた。海外の企業にメルボルンに進出していただくためにとった企業誘致戦略は免税や助成、補助金ではなかった。「5年間」「家族」「暮らし」というキーワードで、「住みやすいところに人が集まる」と考えたメルボルンの戦略に驚いた。
海外の駐在員と家族が5年間メルボルンで生活をエンジョイしてもらうために、どのようなアクティビティがあればいいのか、そのメルボルンスタイルを実現するために、どんな学校、レストラン、公園、スポーツ、図書館、芸術、文化施設が必要かを考えた。まち全体でメルボルンを感じてもらえるよう、かつて週末にゴーストタウンとなった都市をゆっくりと変革し、世界でいちばん住みやすい都市に6年連続で選ばれつづけている。
メルボルンには、海外からの大学留学生、海外企業の誘致が増えつづけている。しかしメルボルンは住んでいる人だけの都市だけではない。訪れたい都市でもある。テニスの全豪オープン、F1グランプリ、競馬のメルボルンカップもこの文脈から誘致し、「フード&ワインフェスティバル」などでメルボルンを世界的な美食都市にした。壁面や道端の落書きや、路上のパフォーマンスも一級の芸術である。落書きや路上パフォーマーは事前のオーディション合格者だけに活動が許される。
「本物」である、安易なつくりものではない。だから世界中から観光客が訪れる。メルボルン市の幹部が「メルボルンにはシドニーのようなオペラハウスや大阪城のような「アイコン」がない。しかし私たちには「まちとしての本質」がある。まち全体でメルボルンを感じてもらうため、品質をアップデートしつづけている。」と言ったことが印象的だった。
莫大なコストをかけたわけではない。大きな施設を新たにつくりつづけたわけではない。古い街並み、建物、施設に埋めこまれた「本質」を見出し、新たな息吹きを与え価値をうみだしている。たとえば、ビルとビルの間の「路地(レーンウェイ)」という中間的な空間をカフェやレストランに使い、無機質な場を魅力的なものに蘇らせる。道路もそう、車のための道路から人のための道路へと変えるためにトラム(路面電車)を導入し、まちのなかの車の量を減らす。住む人を中心に徒歩および自転車で20分で必要な市民サービス機能にアクセスできるまちへと変えつづけている。徹底的に、人が主役の都市だ。
インフラや建物からまちを考えるというアプローチではなく、人が住む都市生活とは何かを考えることから魅力的なまちづくりをした。一点豪華主義ですごいものをつくってまちを変えるのではなく、5年間住むためのまちとはなにかを考えつづけてきたメルボルンが、6年連続で世界でいちばん住みやすいまちとなっている。
そのメルボルンに、日航が直行便を飛ばす。
(エネルギー・文化研究所 所長 池永寛明)
〔日本経済新聞社COMEMO 9月4日掲載分〕