20年前、ドイツのシュタットガルトの地域総合倶楽部に陸上留学し、世界で戦えるスプリンターとなる礎となったのが、前の職場で同僚だった朝原宣治氏。その地域倶楽部のグラウンドや体育館を、小・中学生が学校の授業として利用したり、朝原選手のような一線級の選手に加えて先生の卵や警察官たちが本格的なトレーニングをしたり、おじいさんやおばあさんが体を動かし汗を流したりするなど、老若男女多世代多様な人たちが地域倶楽部に足をはこび、様々なスポーツに取り組む。なによりも小・中学生がトップアスリートの練習風景を間近に見て育つ、高齢者たちが子どもの元気さに触れられる。
このような地域倶楽部はドイツにどれくらいあるのか?ドイツ在住のジャーナリスト高松平藏氏と、朝原とともに対談したときにお聴きした。「ドイツのスポーツの位置づけは、健康、教育、余暇、交流など多様な価値がある。指導者も仲間、老若男女みんな仲間で、一緒にやるものと考えられ、その舞台は住民主体の地域倶楽部です」。高松氏が住む人口10万人のエアランゲンには100ほどの倶楽部があり、地域の人間関係や雰囲気の醸成に大きな役割を果たしている」と、自らも柔道で地域倶楽部に参画されている高松氏に教えていただいた。
人口1000人あたりひとつの地域倶楽部にあるというイメージだが、指導者は朝原を指導したドイツのナショナルチームコーチもいれば、地域で仕事をしながらトレーナーや審判の資格をとって参画するトレーナーもいる。さらにスポーツするだけの場でなく、「週末など地域倶楽部に友人や家族があつまってワインを飲んで語らうなどゆったりとした時間をすごし、コミュニティをつくりあげる」という。現役組だけでなくリタイア組も、“先生”“指導者”“トレーナー”“審判”となって、地域倶楽部でそれぞれの役割を果たす。それぞれができること、したいことに向けて参画し、学び学びあえる風土をつくりあげている。
もうひとつ重要なことがある。「私と一緒に練習していた中学生はコーチの指導法が自分にあわないからといって、隣町の倶楽部から私の所属する倶楽部へ移ってきたことがある。中学生であっても自分が何をしたいのかという確固たる目標、ビジョンを持っている。そして地域倶楽部では指導者と選手の立場は対等、自分にとってベストの環境を選択できる仕組み、空気があった」と、朝原氏。
地域倶楽部ではスポーツだけではなく、地域の歴史や美術・食などの勉強もするなど「地域文化」を学び、耕す育む場となっている。小・中学校などの学校と地域コミュニティやNPOがそれぞれ別箇に存在するのではなく、地域のなかでつながり、市民生活とつながり、様々な世代、キャリア、人種が交流し、時間・文化が融合しあっている。
ひとつのエピソードがある。地域倶楽部の対抗戦で、朝原がその倶楽部の代表選手になって陸上の試合に出た。地域倶楽部のメンバーは日本から来た若者を自らの仲間として一所懸命応援してくれたという。陸上現役引退後、朝原はドイツでのそれらの経験を踏まえ、強い陸上の選手を育てるための場だけでなく、地域の人々の交流の場としての「倶楽部」をソーシャルデザインの一環としても取り組んでいる。
(エネルギー・文化研究所 所長 池永寛明)
〔日経新聞社COMEMO 2月2日掲載分〕