「ここに来て学生は変わったが、引率してくる先生は変わらない」
オランダの水利運輸管理局のフューチャーセンター(LEF=オランダ語の「勇気」)を訪問した際に、聴いた。道は2000年前と変わらない。しかし道を歩く人、物を運ぶ人の「道の使い方」は時代とともに変わっている。これまでと同じように考えたり、今までどおりのやり方では、うまくいかない。整然と並ぶデスクのオフイス、学校形式の机・椅子、四面囲まれた狭小の会議室のなかでは、良いアイデアが湧かない。未来を切り拓く戦略・政策を実践する場として「フューチャーセンター」が世界中でつくられている。しかしレイアウトや会議室や教室など、形だけ、場所だけを変えてもうまくいかない。
「フューチャーセンターをつくったが、機能していない」と、ある銀行のCEO。オランダのLEFのファシリテーターは、「組織や場をつくったら、うまくいくと考える人が多いが、そうではない。イノベーションするため、創造的であるためには、多様なアイデアが沢山いる。①まず個人にとって良いと思うアイデアを出しあう ②みんなで輪になって話し合う ③社会にとって良いというアイデアをみんなでまとめあげる というステップが必要だ」と。日本は「組織」や「施設」というハードをつくったら、うまくいくはずだと考えがちだ。ハードから考え、ソフトは二の次になる。みんなで話し合うという「場」の使い方が弱くなっている。ワイワイがやがやと語り合い、刺激しあい、学びあい、創発しあい、「良い」ものをうみだすというプロセスが弱くなっている。冒頭の引率してきた先生は固定的な思考のままで場と対話のプロセスが理解できず、学生たちは3時間の対話トレーニングで大きく変わったという。
会社の会議も、「鶴」の一声で、“正断層的”に決まることがある。一方、学校ではグループワークが成り立たないことが増えているときく。スマホの影響もあろう。情報を得るだけならば、ITやスマホだけでいい。しかしスマホはボディランゲージではないので、感情が伝わらない。真のコンセンサスを生みだせない。同年輩どうしならば会話が成り立つが、ちがう世代が入ると会話が成り立たないことが多い。子どものころよりIT・スマホがあった世代と、スマホの前を知る世代との情報処理のノードのちがいによって、思考サイクルが異なってくるのかもしれない。スマホ世代は高速度で広範囲の情報処理をおこない、スマホ前世代は狭いが深い情報処理をじっくりとおこなう。それぞれの「ちがい」を受け入れ、認めあう“多様性”が価値を創造していく。どうせわからんだろうと若者は達観してはいけない、スマホ前世代も若者の可能性を認め若者のアイデアを面白がって、お互いが共創すれば、1+1が2にも3にも、場合によって100にもできる。それくらい世代による“才能” “感覚”はちがってきているのだから、組合せ方、融合の仕方によって大きな“イノベーション”ができる可能性がある。
ただ気になることがある。カメの甲羅のような大きなリュックサックを背負い、満員電車のなかでスマホにヘッドフォンで人の2〜3倍のスペースを“占拠”する人たち、旅行でもないのにキャリーバックをコロコロと引いて周りの人にぶちあたるが謝らない人たち、返信が必要なメールへのレスポンスをしない人たち、大切な資料をもらったのに御礼メールをしない人たち ─ 実は若い人たちに多い。スマホ世代は「個人ワーク」中心となりがちで、「グループワーク」が弱い。だから多様な人たちとかかわり、つながり、お互いから学びあい、いっしょに考える「グループワーク」を意図的につくっていってほしい。「こうしたら、こうしなかったら、相手の人はどうなるのか?どう感じるのか?」と、相手の人のこと、周りの人を慮る心、思いを致す心、多様な人々を受け入れる心を忘れないでほしい。
この4月より社会人となる人たちへ。キラキラと光る若いスマホ世代の才能・感性を活かすためには、社会人として大切な「相手を慮る心」にフォーカスしてぜひ育てていただきたい。その心を磨き、世の中から、その会社・組織がなくなれば困る、その人がいなければ困る ─ そういう社会人になってほしい。
(エネルギー・文化研究所 所長 池永寛明)
〔日経新聞社COMEMO 3月29日掲載分〕