「イノベーション せなあかん。せやけど、ほんまにそれ大丈夫か?」 ─ オフィス、役所、学校、研究所、工場の会議室で、ひそかにかわされる会話。アクセル踏みながら、ブレーキを踏むような、「よう考えや、気つけてや」…どっちやねん?どうしたらええの?「日本の常識は、世界の非常識」「会社の常識は、世間の非常識」の乖離が、この20年で広がる。
コンプライアンス、グローバリゼーション、ROI、ROE、ポートフォリオマネジメント、イノベーション、リスクマネジメント、デジタル、デザイン、コンピューテーショナル、バーチャルリアリティ、ディープラーニング、オープンイノベーション、プロトコル、ブロックチェーン、エコシステム、CSR、ESG、SDGs ─ などの横文字がこの20年に怒涛のごとく日本を席巻している。ビジネスの現場は常時、無数の多元方程式の解答を求められる。海外からのコード=暗号をそもそもの文脈、背景を踏まえず日本的に翻訳しモード(様式)化できず、次々とやってくるコードの数々をコードのまま消化不良のまま取りこみ混乱し、思考停止してしまっている。
「いちばん技術を持った企業が勝つのではなく、それを人々に伝えることが上手にできる企業が勝つ」と語るのがオランダの「ハイテクキャンパス・アイントホーフエン」のAdmiraal氏。「技術にフォーカスし、質を高める日本企業はすごい。しかし人々とインタラクションがある企業が現代の勝ち組となりうる。人々にフォーカスすることこそ重要な意味があり、人々をテクノロジーのマーケットに招き入れられるか否かが成功の鍵である」とも。 “技術ではじまり技術でおわる”プロセスを日本のビジネス現場で幾度も経験している私たちにとって、このフィリップス出身のAdmiraal氏の指摘は胸に刺さる。
「ノーベル賞は事務所や研究所や工場のなかではなく、ランチをとりながら、コーヒーを飲みながらのおしゃべりのなかで生み出されることが多い。いろいろな企業、いろいろな国の人たちが、いろいろなマインドセットをもって交流する場がアイデアを生み、育てる」─170の企業、11,000人がいる広大な敷地の「ハイテクキャンパス」のレストランとカフェを1つの建物にしか設けず、そのレストランとカフェにランチタイムにキャンパス内の人たちが集まり、ランチの80%の時間を自分の仕事やプロジェクトを話しあい、お互いのアイデアの意見交換・交流がおこなわれ、インスパイアしあって、革新的なテクノロジーやビジネスが生み出されていく。
「大切なのは、多様性。年齢にかかわらず、いろいろな人を採り入れることが最良の結果をうむ」とAdmiraal氏。国・自治体・企業・研究所、学生、起業を目指す人といった多様な人たちがかつてフィリップスの研究所だったハイテクキャンパスに集まる。多様な人々が集まり、互いに刺激しあい、知と知を交換しあい、フォーマル、インフォーマルなコミュニケーションによって、人にとって、社会にとって役立つ技術やビジネスが生み出される。
日本では「文理融合」とか「統合」というが、なかなか機能しない。技術は技術のメンバーだけで、事務は事務のメンバーだけで、議論することが多い。審議会、委員会、プロジェクト、会議も専門分野の人が集められる。なぜそうするのか?─ おそらく「面倒くさい」から。ミーティングのなかで新しい意見や異なった意見が出されると、鬱陶しく、時間がかかる。だから面倒くさい。
「過去からの延長」に囚われず、これまでの延長線上で考えずに、お客さまが必要とするものを考えよう、つくろうというが、同じような価値観、考え方、アングルの人ばかりを集めて、これまで取り組んできたことを中心に話しあわせる ─ これでは、勝ち組になれない。では、なぜそうしないのか?おそらく「今までどおりやってもこれまで大丈夫だった。これからもなんとかなる」と思っているからで、現代認識ができておらず、危機意識が薄いからではないだろうか。社会、地域、海外の動きや、人々の多様なニーズをつかみ理解し形にする「方法論」が弱っている。その「方法論」を再構築することで、技術と人をつなぎあわせることができる。現に世界はそれで動いている。
(エネルギー・文化研究所 所長 池永寛明)
〔日経新聞社COMEMO 5月7日掲載分〕