「下着の準備を忘れないでください」と、311を経験した宮城県気仙沼の友人から、LINEが届いた。地震後、宮城から岩手から秋田から、東京から、オランダ、アメリカ、韓国から、SNSが届く。週明けの6月の18日月曜日の7時58分、どーんと突きあげる上下動の縦揺れにつづき、長い横揺れ。412年前の豊臣秀吉時代の慶長伏見地震以来の大阪直下型の大地震。西日本と東日本の物流・交通の要衝である淀川沿いの高槻、茨木、吹田などの大阪北部の都市を中心に揺らした。
淀屋橋のビルで打合せ中だったが、23年前の阪神淡路大震災よりも強い揺れを感じた。大阪市内の湾岸部の自宅の本棚から本が散乱、テレビと姿見鏡が倒れ、食器が割れた。駅前のTSUTAYAの店内も、通路にパッケージが落ち、休業。梅田の百貨店、地下街の店舗も休業。早朝の通勤・通学時間帯を襲った地震。関西一円の鉄道交通は安全を確認するために止まり、駅には電車を待つ人たち、乗っている電車の中で地震に遭って車内にしばらくいた人たち。高速道路が閉鎖されたため、市内の道路は渋滞。大阪と難波の南北を貫く御堂筋を歩く人たち、自転車で走る人たちは、平常より多く、早歩きしている。1時間も2時間も、時には3時間をかけて、職場に向かう人たちがいる。東日本大震災の311の夜の東京の帰宅困難者の混乱した様子と比較して、618の大阪の朝夕の姿はともに、驚くほど冷静に、整然と、黙々と、「有事」をのりこえようとしている。
阪神・淡路大震災と比べて、劇的に変わったことがある。スマホを片手に、自ら情報を発信しつつ集めつつ、お互いのコミュニティで「シェア」して行動する。有事がおこったとき、まずなすべきなのは「安否」の確認だが、事前に「ルール」を決めて、なんども訓練がおこなわれている組織では、23年前と比べて「瞬時」に組織メンバーの情報をつかめた。デジタルとアナログの組合せが、組織、人の行動様式を大きく変えた。テレビのニュースもそう。技術を駆使したテレビ局の取材の進化だけでなく、視聴者からもたらされる情報が組み合わされてタイムリーかつリアルに「現場の情報」の精度を高め、速度をあげた。
驚くべき風景を見た。地震が発生して30分後に見た2つの風景。地震後ただちにビルから社員がぞくぞくと出て、道路で待機する姿と、すぐさまクレーン車を稼動させるマンション工事現場。311以降にBCP(事業継続計画)を考え実行している企業と、工期を重視して安全確認をなおざりにして現場が突っ走る企業。311から変わった姿と変わらない姿を見た。
大きな混乱は今のところない。ちなみに宝塚歌劇は1時間おくれで開演した。私にとって3度目の大地震となった。23年前の阪神・淡路大震災を大阪で、7年前に東日本大震災を東京で、そして今回大阪北部地震を大阪で体験して感じるのは、災害・有事における価値観の変化であり、それに伴うビジネススタイル、ライフスタイルの変化。関西の人は阪神・淡路大震災を具体的に体験し、さらに311に学んだ。たとえば、
ある自治体の副市長は「有事においても確実に手術できる市民病院に変えて、市民の生命を守る」ことを目指した。「薬を待つ全国の人に、確実に薬を届ける」ことを目指した製薬会社の工場長。「インフルエンザ対策につながるヨーグルトを絶対に市場から切らさない」とリダンダンシーの対策をおこなった食品会社の工場長。「自ら体温を調整することが困難な子どもたちの生命を守る」ために、病院施設向けに「有事に逃げ込めるシェルター」をつくった病院長。「学生と地域の人々を守る」ために地域に開いた大学キャンパスをつくった大学の常務理事そういった人がいっぱいあらわれた。阪神・淡路大震災から311を経て、潮流が変わりつつあるなかでの618だった。生命を大切にする人、企業、組織が主流となった。
「618」をすごすなか、2人の言葉を思い出している。「市長さん、生命以上に大切なことって、あるでしょうか?有事がおこるという前提で、なにをしたらいいのかを考えませんか?予算がないなんて言わないでください。私たちの委員会の結論によって、市民の生命がかわるのです」といったある自治体の市民枠の委員の発言。「阪神・淡路大震災のときにすべきだったが、できなかったことをする。学生の生命を守るために、未来の人たちが困らないよう、悔いが残らないように、できることを残す」といった、ある大学の財務局長の決意を忘れない。
阪神・淡路大震災を経験し、東日本大震災に学んだ人々の想いと決意が人々を、都市を、地域を、施設を、工場を、病院を、学校を強くしている。それは、大阪北部地震に対して、冷静に、整然と、黙々と臨み、乗り切ろうとする人たち、組織・団体の人たちの姿にあらわれている。
昨日の大地震発生から、余震が繰り返しおこっている。今夕から、大雨が降る天気予報。地盤がゆるんでいる場所や、自宅外に避難している人が未だ多いので、気をつけていただきたい。ご安全に。
(エネルギー・文化研究所 所長 池永寛明)
〔日経新聞社COMEMO 6月19日掲載分〕