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2018年11月15日 by 池永 寛明

【耕育篇】 指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます

  


指切りげんまん、嘘ついたら、針千本飲ます」 子どものころ、このわらべ歌をくちずさみ、指を絡ませ、「指切った」と指をはなして、約束をかわした。見た目は愛らしいが、なんとなく不気味なフレーズとメロディで、約束したことは絶対に守らないと大変なことになると感じていた。


大きくなって、このわらべ歌が江戸の吉原の遊女が意中の男性に、「愛情のあかし」として小指の第一関節から先を切って渡した「指切(ゆびきり)」が由来だと知った。約束は絶対に守ってと。この流行が広がるなか、指切だけではすまなく、「拳万(げんまん)」、約束を破ったら、げんこつ1万回の「制裁」が加わる。痛い。さらに「嘘ついたら針千本飲ます」まで「制裁」が追加される。とんでもないことになる。嘘ついたらあかん、約束を守らないとあかん、絶対に。守らんかったら大変な目にあうと、わらべ歌となって、子どもたちは教えられてきた。


童話や童謡で、その国の社会規範がなにかが見えてくる。その国の人々が子どものころに読んだ「童話」によって、その国に育った人の原体験をたどることができる。日本では「鶴の恩返し」「笠地蔵」「かぐや姫」「浦島太郎」「桃太郎」「はなさかじいさん」「かちかち山」「おむすびころりん」「舌きり雀」などの童謡にて、年寄りに優しくしないといけない、嘘をついたらいけない、正直に生きなさいとのメッセージが子どもの心に手を変え品を変え、刷りこまれた。


さらに「まんが日本昔ばなし」のテレビで、「人に優しく」「正直に生きる」「嘘つかない」などの価値観・行動様式が毎週のように再生産されていった。また日本的に解釈・編集されたテレビの「フランダースの犬」での、ネロと愛犬パトラッシュのラストシーンに、日本人は「可哀想」だと涙した。こういう可哀想な状態が我慢ならないのが日本人。翻って、決してそういう想いをさせてはいけないと日本人はずっと考え、行動してきた。


地震、台風、豪雨の頻発で悲惨なことがいっぱいおこっている。山が崩れ、川が氾濫し、人が土砂に埋まった、最後の一人を見つけるまで、警察や消防や自衛隊が出動し探す。だれ一人、土に埋まったままにしない。そんな可哀想なこと、気の毒にさせたままにしない。どれだけコストがかかろうとも、必ず最後の一人まで見つけようとするのが日本である。海外はそこまでしない。日本人は「だれ一人、可哀想な状態にさせない」という想いで、みんなで頑張る。子どもたちに読みきかせる童話・童謡だけでなく、まわりのみんなが具体的に黙々と実践している姿をみて、そうだと感じて、自分もそうしてきた。ただ最後まで土砂に埋まった人を探し出すという考え方と、投資効率や費用対効果という「地域経営」の考え方とは相克するが、「生命を守る」以上に大切なことはないと、日本は「覚悟」をきめて、ずっと行動してきた。


土砂埋めになったり、家がつぶされたり流されたり、津波でまちそのものが流された情況に接し、もとの姿に戻す、川は切れないよう、山は崩れないようにするという「治山治水」を日本は古代から現代までずっと取り組んできた。日本は7割が森林で、河川は毛細血管のようになっている。雨が多く、山がで、谷が多いため、川が必然的に多くなる。土地が平坦な国だと大河となるが、日本はものすごい量の川なので、川ごとに投資しないといけない。そうしないと、人の生命が危ない。「生命を守る」が安全・安心な国づくりの原理・原則である。


人が殆ど住んでいない山や川や集落に、そんなに金をかけるべきではない、車が殆ど通らない道路のガードレールみたいな公共投資は不適切であるという議論と、生命を守るための「治山治水」の考え方とは相克する。だから、私たちは「覚悟」をもたないといけない。なにかにお金をつかうということは、別のどこかにお金を使わないということである。地域経営しかり、企業経営しかり、効率性重視、経済性重視で失ってしまったことがある。コンプライアンスという横文字が流行っているが、だれをも可哀想なままにはしない、生命を守ること、嘘はつかないこと、日本人が大切にしてきた考え方を失ってはいけない


(エネルギー・文化研究所 所長 池永寛明)


日経新聞社COMEMO  1023日掲載分

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