事務機器の中古市場をみると、その都市がどういう都市なのかがわかる。
事業をたちあげることとなった、オフィスを借りる、オフィス什器に何十万円もかけて、事業をはじめた。しかし思ったとおりにいかない。あっという間に行き詰って、オフィス什器を業者に売る。業者はそれを安く仕入れし、また別のところに売る。それが都市の経済を成立させている。無数の失敗、無数の無駄で、金が都市をまわる。
空調のきいた静かなカフェやコワーキングスペースで、パソコンをたたいてアイデアを考える。ビジネスを思いつき、シェアオフィスで楽々と起業するも、あっという間に失敗する。簡単にたちあげ、簡単に失敗する。都市はこの繰り返し。失敗の速度が速まっている。賃貸オフィスの入居企業も、半年でがらっと変わる。都市は「失敗」を呼び寄せる。
なにかビジネスをしたいと思った人がいる。
昔はそう思った人は煙草のけむりが充満する喫茶店にいた。その人たちはパソコン・スマホが普及し快適なカフェといわれるスペースができたので、そっちに移った。とりわけかっこいいスターバックスなどができたので、パソコンをテーブルに置くスタイルは様になるので、毎日のように通ってパソコンの画面を見る。都心の店はどうしても人が多いので、隣の人が気になる。声が大きな人たちがいれば、集中できない。とりわけアイデアがモノになりかけると、スタバでは長居できないので、図書館やコワーキングスペースへ行って、パソコンをたたいて、ビジネスプランをまとめる。
心地よいカフェに座って、お金がちゃりんちゃりんと入ってくるようなビジネスが浮かんだ。
たとえばスマホを使ったダイエットアプリで起業しようとする。そんなの、だれもが思いつくビジネス。東京や大阪でなくても、秋田でも高知でもどこでだってできる。むしろ「地代負担力>営業収益力」で考えれば、地方に勝てない。東京のような地代負担力では勝負にならない。たとえばある特定のスープだけを売っている店ができた。東京にはそういう専門店が多く存在するが、市場規模が大きい東京だから成立する。しかしこのような店も半年も経てば、消える。また白いTシャツだけを売っている店がでてくる。このような商売は東京でしか通用しない。今はよくても、東京の人口が減っていけば、事業はまわらなくなる。すでに、それはおこっている。
どうも表層的で、内容が薄いコンテンツが多い。コンテクストがわからないビジネスも多い。
静かなカフェやコワーキングスペースに座っていて、聞くとはなしに耳に入ってくる知らない人のビジネスらしい会話の内容は浅はか。だれかがしていることや、どこかの本やネットに書いていたり、セミナーで聴いたことのあるようなことばかり。自分で考えたことではない、他人が考えたことのチューニングのようなものばかり。それではあかんやろ、うまくいくわけがないと、起業マニュアルや教科書を読みながら議論している人たちを見て、「それちがうで。ここで考えないでお客さまのところに行って聴いてきたらどうや」と、お節介ながら何度も言おうかと思ったことがある。
なぜこうなるのだろう。
この10年、20年で、オフィスもカフェも静かになった。人と人との「対話」が圧倒的に減った。SNSが増えたから、直接の会話、対話が減ったともいえるが、問題はそれだけではない。東京に単身赴任にいた頃の休日の一日で、スーパーのレジの人と飲食店の人との会話だけだったこともあった。人と会わない、会わなくてすむ、人を介さないシーン、ビジネススタイルが社会のなかで、生活のなかで加速度的に増え、会話・対話がどんどん減る。
さらに問題なのは、だれと、なにを対話しているのかだ。
SNSでは特に顕著だが、友人を中心とした「会話」が多い。子どもや学生は学校のなかの同級生、同学年中心。企業もそう、同年代だけで群れる。若手は若手だけで、中堅は中堅だけで、ベテランはベテランだけで群れる。国内外の視察に行ってもそう、メンバーだけで群がり、現地の人と対話しない。高齢者もそう、高齢者は高齢者だけで集まり、現役や子どもたちと交流しないし対話をしない。どの世代も、多世代と交流して語りあい、聴きあい、学びあわない。これでは思考は偏ってしまう。この傾向が日本でとりわけ顕著ではある。
情報はネット・スマホで集めたらいい。人に訊かなくてもいい。検索したらいくらでも情報は集まる。肌触りのいい情報がヒットしたら、その情報で判った気がして、うまくいく、できるような気がして、ビジネスをしようとする。頭でだけで考えるから、多面的に考えないから、内容が貧弱で薄く、うまくいかない、だから失敗する。
カフェ・オフィスから出て、現地を見に行き、現地の人と対話して情報をもっと集める。いろいろな情報を融合し、混じりあわせてこそ、本当のアイデア・プランができる。大半の人がそれをしなくなった、忙しいといって。
(エネルギー・文化研究所 所長 池永寛明)
〔日経新聞社COMEMO 10月26日掲載分〕