大阪ガスネットワーク

エネルギー・文化研究

  • サイトマップ
  • お問い合わせ

CELは、Daigasグループが将来にわたり社会のお役に立つ存在であり続けることができるように研究を続けています。

  • DaigasGroup

JP/EN

Home>コラム

コラム

コラム一覧へ

2018年11月20日 by 池永 寛明

【場会篇】 とんちんかんな日本、つながりが悪い日本

  


注染の手拭を海外にお土産に持っていくと、とても喜ばれる。“日本的なもの”として感じていただける。手拭や浴衣などに多様な模様をつける「注染」という方法で染められた日本独自のもの。手ざわり、肌ざわり、しっくり感などの「風合い」がプリント手拭とちがう。生地に染料を注いでにじませたり、ぼかしたりして、独特の色彩をつくり、世界にひとつしかない手拭や浴衣などをつくりあげる。


その注染の工場には、不思議なリズムが流れている。<糊置き → 土手引き → 注ぎ染め → 水洗い → 脱水 → 天日干し>という工程ごとに、職人さんが体全体を使ってリズミカルな動きをしている。糊置きした部分に染料を何色も注ぎ、ペダルを足で踏み、シューシューという音をたて、ポンプで染料を吸い込ませる。いつも同じことをしているわけではない。布地によって、気温・水温によって、染料の配分・配合を変える。お客さまの心地よさという感覚を想像して染めあげるのが、注染職人の勘と経験に裏打ちされた技能である。


注染手拭や浴衣は素敵、美しく、温もりがあって気持ちいいと、人気はある。 “和装”という日常生活のスタイルが減ったことで“需要”が減り、注染工場は減った。だから日本の“伝統”的なモノづくりだから、この技術を残さないといけないと、職人さんを確保したり、育成しようと支援がおこなわれている。モノづくりの担い手の確保という観点では、それは決して間違いではない。しかしそれだけではない。


卓越した技能をもった職人に加え、注染にとって大切なのは「ドビン」と呼ばれる染料を注ぎ込むヤカンである。このドビンをつくる人が減っている。モノづくりには製造設備、機械、道具、部材・部品が必要であり、かつそれをメンテナンスできる体制が大切である。まず需要の減少に伴って影響をうけるのが“サプライヤー”で、注染の胆ともいえるドビンをつくる職人が減っている。これまで注染工場の近くにドビンをつくる職人さんがいて、注染職人とドビン職人とが注染現場で話し合って、一緒になっていいものをつくってきた。その“ドビン”をつくってくれる会社をさがすが、なかなか見つからず、つくってもらったが、どうもしっくりしない。モノづくりにおいて大切なのは、職人の技をささえる「道具」であり、近年日本はこの道具をつくる体制が弱まっている。


料理人にとっての命は包丁、理容師にとっての命は鋏である。いくらすぐれた包丁や鋏を手に入れても、つねに手入れをしないといけない。料理人は自ら包丁研ぎをするが、理容師は「はさみ研ぎ師」にお願いする。その研ぎの力がおちている。かつては研ぎ師が一軒一軒の理容店を訪ね、一丁(本)ずつ時間をかけて、理容師と会話しながら丁寧に研いでくれた。その職人が減って、大量に一気に効率よく短時間に、しかも割安に研いでくれるという研ぎのスタイルが増えた。


しかしながら研ぎの出来あがりはまったくちがう。かつて多くいた「はさみ研ぎ師」は理容師の理容方法や癖をつかみ、理容師にとってのベストの使いやすい鋏の状態に戻してくれる。それも毎日使っていても長くベストの状態を保ちつづける。このような高度なお客さま品質を担保する職人が減ってきている。さらに問題なのは研ぎ師の道具である天然砥石が減っていること。ここでも、モノづくりの道具が減っている。



そもそもなにがおこっているのか。マーケットが減ることで、モノが売れなくなり、お客さまが減る。それを打開するため、サプライチェーンの各プロセスで効率化がすすむ。そこにIT化が一気にすすむ。企業はビジネスシステムが変容し、コストダウンを目指してサプライチェーンのプロセスの短縮、中抜きをすすめる。一方お客さまはもっと便利に、もっとスピーディに、もっと楽に、もっと安くして欲しいと企業に要求する。よってサプライチェーンの各プロセスでさらに効率化が進み、しわ寄せはサプライチェーンの右端にくる。そして道具がつくれなくなる。職人が集まらなくなる。そして品質がおちていく。


なにが課題なのか。サプライチェーンの全体をみる人が減ったことが課題のひとつ。マーケット・お客さまと小売と卸・問屋・商社とメーカーという流れの全体をつかんでいた人、企業が減りつつある。たとえばかつては染め物、洗い張りなどの注文をとり、京都の専門店に取り次ぐことを業とした「悉皆屋(しっかいや)」や、富山の薬を配置販売した売薬商のような人、店、企業が社会全体で減った。それぞれのプロセスにおいて「近く」にいて「深く」つなぐ、人、店、企業が減った。人と人の距離の近さと、関係の深さがモノづくりの胆であったが、「効率化」の名のもとで弱くなっている。


「とんちんかん」という言葉がある。鍛冶屋で、師が鉄を打つ間に、弟子が槌を入れる作業をするが、本来「とん・てん・かん」という音がならないといけないのだが、タイミングがずれると「とん・ちん・かん」という音になった。このことから、物事のつじつまがあわないことを「とんちんかん」といい、あて字で「頓珍漢」という漢字を使った。モノづくりの技術・道具からうまれた日本語は沢山ある。日本の各プロセスがそれぞれ切れて、全体としての流れが淀み、「とんちんかん」になっているのではないだろうか


(エネルギー・文化研究所 所長 池永寛明)


日経新聞社COMEMO  118日掲載分

  • U−CoRo
  • 語りべシアター
  • 都市魅力研究室
  • OMS戯曲賞
Informational Magazine CEL

情報誌CEL

【特集】場づくりのその先へ −つながりから社会を変えていく

近年、まちづくりにおいて「場づくり」が注目されています。 その試みは、時に単なる...

バックナンバーを見る
  • 論文・レポート・キーワード検索
  • 書籍・出版
  • 都市魅力研究室
  • FACEBOOK

大阪ガスネットワーク(株)
CEL エネルギー・文化研究所

〒541-0046
大阪市中央区平野町4丁目1番2号

アクセス