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2019年02月06日 by 池永 寛明

【耕育篇】 既読にならない


いつまでも既読にならない。ずっと毎日、 LINEでやりとりしていたのに、私との「キャッチボール」が突然とまってしまった。

11ヶ月の癌との闘病に力尽きた。前日まで病室で仕事をしていた。その仕事を会社の人に伝えた翌日に、11ヶ月の闘病にピリオドをうち、56歳で逝ってしまった。過去と現在と未来の流れが「過去」になった。


たとえばあなたが突然記憶喪失となったら、それまでの人間関係が消える。今まで尊敬していた人やすごいと思っていた人というバックグラウンドの記憶が消え忘れてしまうと、今この瞬間に会っている「その人」で、判断することになる。記憶を喪失したら、その人のことをどう感じて、どう見えるのかということがすべてとなる。


今話をしていて、その人が何者であるかを理解して判断するうえで、何らかの情報は必要だ。しかし今目の前で話をして感じているこの人のことを「すごいなぁ」と思ったり感じること以上のことはない。今目の前に話をしているその人がなぜすごいのかを理解するために、ともすればその人の過去を知ろうとするが、その人が今頑張っていることに感動したことと、本来的には、そんなこと殆ど関係ない。


たとえば歌手。過去の大歌手がステージに立ち歌うが、かつてのように歌えなかった、声がでなかったとする。そのとき「過去の大歌手」ということを知らない人からすれば、舞台上で歌っているこの歌手を「こんな下手な歌手が、どうしてでているのだろう」とか、「歌えない歌い手」に映り、素直に感じるだろう。


たとえば芸術。欧州で有名な画家、たとえばピカソが描いたという事前に説明をきいて、その絵をみても「ピカソが描いたとしても、この絵は手を抜きすぎている」などと、その絵そのものを観て、厳しく評価する。一方日本はそうではない。ピカソが描いたと事前に聞いたら、なんでもかんでも、その絵をみたら、「うーん、さすがにピカソ。すごいな」と評価する。しかしこの絵を、全く知らない素人が描いたと聞くと、「これは、なんなの?」と切り捨てる。ゴッホが描いたとすると、なんでもかんでも「ゴッホは、やっぱりすごい」と言うのが日本。ゴッホが描いたとしても「だめならばだめ」というのがヨーロッパ。


たとえば名刺を持っていない人との対話。「名刺もないの」と相手を侮る。しかしその侮っている人が実は世界的企業の人だったと聞いた途端に、手の平を返して「素晴らしい」と言いだす。とても浅はか。自分が見た、感じた「今」を評価しない人が多い。「今」というときに、まさに今話をしている「瞬間」に感じる「すごいなぁ」「とても感動した」「良いこというなぁ」「勉強になるなぁ」と感じ思うことを尊重すべきなのに、肩書きや企業名・役職名・大学名でバイアスをかけてしまいがちである。その人の過去にこだわりすぎずに、その人の「今この瞬間」を理解すればいいのに、そうしない人が圧倒的に多すぎる。


COMEMOを愛読してくれていた、早すぎる死を迎えてしまった弟は、人と人の対話に誠実に耳を傾け、今を大切にしていた、今を一所懸命に生きていた。残念ながら、このCOMEMOは読んでくれない


エネルギー・文化研究所 所長 池永寛明)


日経新聞社COMEMO  128日掲載分

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