外国人は日本の家庭に、急須がないことに驚く。
日本人は家で、お茶を飲まなくなった。世界的な緑茶ブームで、日本から緑茶の輸出が増えているのに、その日本ではお茶を飲むという生活時間が減りつつある。
「茶道」が中国人に人気だという。
中国から伝来して、日本で長年にわたって洗練されてきた「茶道」を学ぶ中国の留学生たちが増えている。日本文化を体験する代表のひとつとして、建物、空間、茶道具、茶器、しつらい、所作、動作など全体を通じて、美しさ、綺麗さ、礼、もてなしなどの日本文化を学ばれている。一方、茶道を学ぶ日本の若者が減っている。
お茶は「温度」によって、味が変わる。
茶の葉ごとに入れるお湯の適温があり、「温度」管理がなによりも大切である。湯呑み茶碗に熱い湯を注ぎ、急須に茶葉をいれ、湯呑み茶碗にいれたお湯を急須にいれる。急須で蒸らしたお湯を湯呑み茶碗にいれて、均等な濃さにする。お茶は温度のグラデーションをコントロールして、飲まれる人のことを想って、最高の味をうみだす。
お茶は、熱いものだった。
夏の冷蔵庫に冷やした「麦茶」以外、家ではつめたいお茶はあまり飲まなかった。だから30年前にペットボトルのお茶がコンビニに並びだしたとき、水のペットボトルと同じく、こんなものは売れるわけがないだろう、お茶は家で飲むものじゃないか、と思っていた。そもそも家で飲む熱いお茶と、ペットボトルの冷えたお茶とが同じ「お茶」だと思えなかった。
その前に、日本人はビールを冷やした。
日本に入ってきた世界のビールは冷えていなかった。昔は冷蔵庫がなかったこともあるが、ビールは常温で飲むものだった。そのビールを日本人は冷やして飲んだ。夏は暑いからラムネやサイダーを冷やすのと同じように、冷蔵庫が普及する前から、ビールを冷やして飲んだ。キーンと冷えたビールを飲むというスタイルが世界に広がる。中国でも冷えたビールを飲むという人も増えてきたが、それでも中国人の多くは冷たい飲み物は内臓を冷やすからと、あまり飲まない。「口にいれるものは、体温と同じくらいに」という中国医学の考えにもとづく食文化からの行動である。
そのビールに、お茶がつづいた。
家で熱いお茶を飲んでいた日本人が冷えたペットボトルのお茶を外で買って飲むようになる。毎日家で飲んでいるお茶をわざわざお金を出して飲むことなどありえないと思っていたが、ありえないことがおこった。食生活革命、飲み方イノベーションがおこった。この変革の前提は、利便性だけではない。なによりもペットボトルのお茶が美味しかったからで、一気に変わった。
いつでもどこでもペットボトルの緑茶を手にして飲むスタイルとなった。
緑茶のペットボトルの発売30年後、お茶はコンビニや自動販売機を買って飲むようになり、急須が家からなくなった。お茶は急須でいれるものだったが、紅茶やコーヒーと比べて手間がかかる、面倒だということで、ティーバッグでいれるようになり、ついにはペットボトルのお茶を温めて飲むという人があらわれる。家だけではない、飲食店でもそうなりつつある。
家で急須でいれたお茶を飲むというスタイルが消えていく。
オフィスでも、急須でいれて飲む姿から給茶機のお茶を紙コップで飲むという姿にかわり、ミーティングルームやセミナーなどにペットボトルがテーブルに整然と並ぶという姿をみかけるようになった。好きな茶葉を買って温度管理しながらお茶ができあがるのを待って飲むというプロセスと、お茶を以って相手のことを想うという「もてなし」の心などが、急須ともあわせて消えていくような気がする。
(エネルギー・文化研究所 所長 池永寛明)
〔日経新聞社COMEMO 2月27日掲載分〕