上司を社外の人に「上の者」とか「上の人」といい、部下を社外で「部下」と呼ぶ―違和感がある。上と下はあなたの会社の話であって、社外の者にとっては関係ない。また自分の会社の役員を「えらい人」とへつらう姿は世の中から見たら変。これも機能不全のあらわれ。
「再定義」という言葉が、イノベーションにつづいて流行っている。なんでもかんでもイノベーションで、なんでもかんでも再定義。技術が進歩し、人口構成が変わり、環境が大きく変わるから、企業や事業のあり方を「再定義」しないといけない―それはそのとおり。企業というものは「時流適応」業。時代の潮流、市場・お客さまの変化を読み解き、事業のカタチを的確に変えなければ、お客さまに選ばれない。
だから時代の流れを読み、「再定義」するのが経営だが、問題は「前提条件」が変わっていないこと。コンサルや、企業の戦略企画スタッフと呼ばれる人が「どこでも使える」マネジメントツールやフォーマットをあてはめて、カッコいいビジュアルなどこの会社にも通用するような「戦略」をつくるが、実感を伴わない、迫力がない。なぜなら出発点であるはずの市場・お客さまの今が見えていないし、変化をつかもうとしていない。だから当事者意識が欠け、企業の「病い」はより悪化する。
わが社は大丈夫だ、きちんと「調査」しているから、市場をつかんでいるという企業・人が多い。「マーケティングは調査」と考える企業・人が多い。自社で仮説をたて、専門家に調査を依頼し、統計屋や最近はやりの「データサイエンティスト」が分析しているから、市場・顧客・動向はつかめている。だからわが社は大丈夫だと考えるが、売れない、お客さまに選択されない。
市場が見えていないのだ。現場に足をはこぶ人が減り、カッコいい資料をつくる人が増える。よって企業の現場が弱くなり、頭でっかちになる。市場・お客さまと接している現場の情報が経営につながらなくなり、市場観、お客さま観、時代観のアップデートが減り、企業の根元から弱くなる。だから「前提条件」の変化に気がつかず、かつての前提条件そのままで考えてしまい、企業の力が弱っていく。
たとえば世界最速の都市といわれる深?に日本から視察に行く人が多い。世界のモノづくりのシリコンバレー、イノベーション、キャッシュレス、自動運転、無人コンビニ、無人カラオケ…日本が考える5〜10年後の社会が深?ですでに動いている。
その深?を「視察者」が見て、「すごいね…でも日本は大丈夫」「わが国でも技術的にできるけど…どうかなあ?」「いつか日本は抜かれますなあ」―そんなことない、分野によれば深?の方が進んでいる。これも、かつてのままの前提条件・市場観そのままで、市場を見てしまうので、ずれる。
深?で現地の人から聴いた。「日本からの視察団は現場視察が終わったら、現地の人と交流することなく、日本人どおしで群がる。せっかく現地に来ているのに、市場の実相が見えない」―聴く気がない、学ぶ姿勢がない。
日本は名刺文化。名刺交換が目的の名刺コレクターも多い。だから面会していて、その相手が名刺を持っていなかったり、自分が知らない会社の人だった場合、相手を侮る。しかし、その侮っている人が実は世界的企業の代表だったことが判ったら、豹変する。
話をしている「今」「この瞬間」に、すごいなと思う「事実」こそ尊重し、学び、受け入れるべきなのに、名刺や肩書でフィルターをかけてしまう。その人が何者であるのか、キャリアがどうだとかという「過去」は相手を理解する一要素にすぎない。それよりもその人の今を理解すればいい。「この人、すごいなあ。この会社の考え、戦略、良いなあ」と感じ、受け入れることが大切。市場・お客さまの今、変化をつかみ、「前提条件」を適確にアップデートすることが、なによりも大切な時代になっているではないだろうか。
(エネルギー・文化研究所 顧問 池永寛明)
〔日経新聞社COMEMO 7月11日掲載分〕