今回は英国ロンドンの事例を紹介します。インペリアル カレッジ ロンドン(Imperial College London 以下、インペリアル大学)は、ロンドン西部に新たな起業支援拠点を開設しました。ロンドンの起業拠点の状況を含めて見ていきましょう。(2019年8月9日訪問 本稿は訪問時のヒアリング情報や冊子・パンフレット情報、関連ホームページの情報等から構成しています)
これまでロンドンにおける起業拠点といえば、ロンドン東部の「テック シティ」と呼ばれる地域が有名でした。これは地下鉄のオールドストリート駅周辺を中心とした地域で、「シリコン・ラウンドアバウト」とも呼ばれています。「シリコン」とはシリコンバレーにちなんだ名前であり、「ラウンドアバウト」とは環状交差点(図表1参照)のことです。
Google mapより
※中央の環状(写真では四角形に見えます)交差点がラウンドアバウトです。
交差点に信号を設置することなく車の流れをコントロールできます。
そんな中、ロンドン西部で起業活動が活発になってきました。ホワイトシティからハマースミスにかけての地域です。ロンドン東部とロンドン西部の位置関係は図表2をご覧ください。インペリアル大学は、このホワイトシティに起業拠点を開設しました。
Google mapを筆者加工
インペリアル大学とホワイトシティ
インペリアル大学は英国を代表するのみならず、世界トップクラスの大学の一つであり、科学、工学、ビジネス、医学に強い大学です(注1)。以前はロンドン大学(University of London)に属するカレッジでしたが、2006年に独立しました。インペリアル大学のホームページによると、これまでに14人のノーベル賞受賞者(物理学4人、化学5人、生理学・医学5人)を輩出しています。
(注1)http://www.imperial.ac.uk/about/ (2019年10月21日アクセス、以下同様です)
また、BBCは世界トップ10の大学を公表しており、インペリアル大学が10位に入っています。
ちなみに、1位はオックスフォード大学、3位がケンブリッジ大学で、他の7校は米国の大学です。
https://www.bbc.com/news/education-49666979
インペリアル大学のメインキャンバスはサウスケンジントン(図表2の中央左付近)にあります。この周辺は古い建物も多く、建て替えや新しい土地の獲得が難しい地域とのことです。そこでインペリアル大学は、ホワイトシティに新たな土地(23エーカー 約9.3ヘクタール)を確保し、新キャンパスを開きました。そして、そのなかに起業拠点I−HUB(Translation and innovation Hub)ビルを建設しました。(図表3)
筆者撮影(2019年8月)
I-HUBビルは2016年12月に完成した地上12階建て、延べ床面積17,000m2の建物です。この建物にはスタートアップ企業をはじめ(すでに70社が入居しているとのことです)、コワーキングスペース、インペリアル大学の技術移転機関、コンサルタント機関などが入居しています。今回ヒアリングを行ったスタートアップ支援機関「ホワイトシティインキュベータ(White City Incubator)」も入居機関の一つです。
ホワイトシティインキュベータは、インペリアル大学の関連会社です。I-HUBの2フロア(延床面積約1,700m2)のなかに、ラボ10部屋、オフィス12室、そして会議室や共有スペースを備えています。ヒアリング時点で21社が入居とのことですのでほぼ満室状態です。入居期限は最大3年間で、インペリアル大学に関連しない企業も入居できます。
開設して2年半ほどですが、これまでに8,150万ポンド(1ポンド135円換算で約110億円)の投資を獲得しています。サウスケンジントンにもインキュベータがあり、それと合わせると、これまでに6.8億ポンド(約920億円)の投資獲得し、100社以上の支援実績があります。
ホワイトシティインキュベータは起業した企業を支援するだけではありません。イノベーターを育てるアントレプレナー教育を通じて、起業家の発掘にも力を入れています。このような活動はI-HUB全体でみれば、起業家が循環する仕組みを目指していることを意味します。つまり、アントレプレナー教育で起業家を発掘し、起業後はホワイトインキュベータで成長支援、成長後はI-HUBビルのより広い部屋や周辺のビルに成長移転する、という姿です。
スタートップの分野については、ロンドン東部(シリコン・ラウンドアバウト)はデジタル系が多く、ホワイトシティはバイオ・医療系が多いとのことです。これは近くに病院があることやインペリアル大学の存在が影響していると考えられます(注2)
(注2)I-HUBビルの隣には、分子化学の研究棟があります。
また、南にはバイオメディカルエンジニアリングの研究施設を建設予定です。
インペリアル大学のホワイトシティキャンパスはまだ開発余地も多く、ロンドン西部の起業活動はさらに活発になることが予想されます。
次回は、ロンドンから約100km北のケンブリッジにあるケンブリッジサイエンスパークを紹介します。
・ロンドン西部のホワイトシティとハマースミスに新たな起業拠点が生まれています。 |
・英国 ケンブリッジサイエンスパーク |
第1回:起業の現状はどのようになっているのか
http://www.og-cel.jp/information/1278928_15932.html
第2回:2つの起業タイプ
http://www.og-cel.jp/column/1279678_15959.html
第3回:スモールビジネスの活性化 茨城県取手市・龍ヶ崎市の事例(前編)
http://www.og-cel.jp/column/1279684_15959.html
第4回:スモールビジネスの活性化 茨城県取手市・龍ヶ崎市の事例(中編)
http://www.og-cel.jp/column/1279955_15959.html
第5回:スモールビジネスの活性化 茨城県取手市・龍ヶ崎市の事例(後編)
http://www.og-cel.jp/column/1280447_15959.html
第6回:ベンチャービジネスの活性化 福岡県福岡市の事例(前編)
http://www.og-cel.jp/column/1280808_15959.html
第7回:ベンチャービジネスの活性化 福岡県福岡市の事例(中編)
http://www.og-cel.jp/column/1281279_15959.html
第8回:ベンチャービジネスの活性化 福岡県福岡市の事例(後編)
http://www.og-cel.jp/column/1282055_15959.html
第9回:海外事例:ベンチャービジネスの活性化 カナダ トロントのMaRS
http://www.og-cel.jp/column/1282974_15959.html
(執筆者:エネルギー・文化研究所 研究員 奥田 浩二)
本コラムでは、起業で地域を元気にするための鍵を考えていきます。記載内容は、執筆者が入手した情報をもとにしていますが、執筆者の意見を含んでいます。各内容は、執筆者が所属する機関・企業の公式・公的な見解を表明するものではありません。