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2019年11月01日 by 池永 寛明

【起動篇】浦島太郎があふれるオフィス 〜日本のこれからの産業のカタチを考える (3)


”タブレットを使えといわれて大変ですわ”と、契約書入力に格闘する銀行マン―お客さまはじっと待たされる。“文字が変換できんようになったけど、どないしたらええんや?”と何度も呼ばれる、いい加減にして。“スケジュール調整に、また電話します。”―えええ、まだ時間とろうとするの?メールにして…オフィスには、浦島太郎たちが闊歩する。

生産性向上、働き方改革、オフィス空間の変革…という言葉が飛び交うが、そんなの当たり前とちがうの?テレワーク、コワーキングスペース、シェアオフィス、フリーアドレス、ワークライフバランス、ワークシェアリング、フレックスタイム、短時間勤務、業務効率化・イノベーション…そんなこと、世界では普通にやっている。そんなの検討ばかりしないで、いいとおもうことはやったらいい。しかし問題は前提条件が変わっているのに、前提条件である「仕事の定義」を変えずに、今までの仕事をベースに対症療法ばかりしているということ。

そもそもが変わった。この20年、30年で仕事の方法論が劇的に変わったのに、今までの仕事のままで表層的な改善で変えたつもりになっている。これでは生産性などあがるわけがない。例えていうならば、野菜を売っていた店が100円ショップになっているのに、それに気づかずに野菜を売りつづけているようなもの。だからオフィスで「昔はよかったな。バブルの時はよかったな。」と懐かしがる浦島太郎たちを前に、デジタルネイティブ世代の若者たちは「意味わからん、訳わからん」とあきれる。

仕事というスタイルが根本的に変わったということを認めようとしない人が一方にいる。パソコン、スマホ、タブレット端末など情報・通信技術とそれを使ったビジネスモデルが社会を、生活を一変させていることは実感しているが、自分の仕事の進め方を変えなければならないことは認めず、「仲間」たちと群れているうちに、浦島太郎となった。


平成の30年で仕事のスタイルはどのように変わったのか、劇的に変わった。

①情報収集
・圧倒的に、現場に行かなくなった、仕事で電話もかけなくなった。スマホやパソコンで、情報は「簡単」「便利」「無言」に、集めることができるようになった。これこそ最も変化したプロセスのひとつ。しかしスピーディに膨大な情報を集めることができるようになったが、一方でリアルで、真の情報をつかめられなくなった。情報入手に時間をかけていないので、情報の精度が低い。現場感覚がずれたので、きちっとした情報分析・編集ができない。データサイエンスという言葉は流行っているが、本当にまともな情報の読解ができるとは思えない。情報「量」は増えたが、情報の「質」がおちた。仕事は効率的になったが、仕事の質がおちた。

②課題の解決策の検討
・今も昔も課題解決にあたり、関係者を集めて会議をするが、会議のスタイルが変わった。かつては会議のスケジュール調整が大変だった。関係者に電話をしたり足をはこんだりして会議をセットするのに時間がかかっていたが、今はパソコンで瞬時に関係者を集めることができる。担当者が「えらいさん」や「上司」含めて関係者をパソコン1クリックで、スケジュール登録して「行動管理」できる。これって実はすごいことで、「下剋上」そのもの。
・会議には紙の資料は配布しなくなり、メールで資料を配布する。みんな、メンバーの顔を見ずパソコンばかりを見ている。パソコン・スマホで遠隔からも参加できる。会議室以外でもカフェでもカラオケボックスでもできる。いつでもどこでも会議ができる。このように会議のスタイルが変わり、「場所」と「時間」の制約がなくなった。いつでもどこでも、日本のみならず外国からでも関係者が集まって議論ができる。会議終了後、担当者が会議中に作成した議事録をすぐに全員配信する。このように仕事速度が変わる。
・浦島太郎はついていけない。情報はタテもヨコも縦横無尽に流通することで、若者の方が上場に詳しいことだってある。逆に上司の方が知らないことも多い。こうして上司を中心とする「報・連・相」というタテ型スタイルが崩れ、「上司」の役割、機能はどんどんと弱まる。しかし上司といわれる人はいっぱいの「リスクマネジメント」をしなければいけなくなったので、漠とした「責任」は増え、本来業務以外の仕事が増え忙しくなった。

③資料作成
・かつて資料作成は手書きで作成していた。間違ったら書きなおし、何度も書きなおした。社内のだれかが過去につくった紙の資料を参考にして、原案を書き、先輩・上司に「相談」「指導」されながら、時間をかけて資料を完成させた。だからこそ資料に思い入れがあり、かつそれぞれの「企業文化」がうめこまれたが、それが劇的に変わった。今は社内のみならず社外で作成された過去資料に情報ネットワークで、簡単にアクセスでき、コピペしたり、チョコチョコと修正するだけなので、楽々にスピーディに作成できる。パワーポイントで綺麗に仕上がるが、内容はとても薄い。

④意思決定・決裁
・根回し、事前説明をして、「上」の決裁をもらうことが日本的だといわれた。役員や関係者全員に説明時間のアポをとって渡り鳥のようにして、会議資料決裁資料の説明にまわる。説明する者たちも説明を受けるものも大変だった。しかしそれが「仕事」だった。だから会議の前に、話はついていて、当日はみんなでガチに議論はしない。なによりも「事前」が大事だった。個別の相談、密室が大事だった。それぞれの会社独特の「作法」に長けなければ、社内を生きていけない。それが劇的に変わった。
・メールで資料を全員に送って、関係者は集まらずにパソコン・スマホで意見をたたかわせ意思決定する時代となった。そんな会社に、事前根回し会社は勝てるのだろうか。


まだある。「間」が多すぎる。分業システムは世界の流行の「エコシステム」だ、この産業構造こそが日本の強みとかつて胸を張っていっていたが、一つの産業のなかに関係する会社が多く、それぞれの会社と会社の「間」が広がり、そこにポテンヒットが多発している。社内もそう、関係する部署・人同士の「間」がどんどん開く。お客さまと企業との「間」もそう、どんどん開く。パソコン・スマホ・タブレットでお客さまとつながっていると思っているが、人と人とのダイレクトなつながりが、どんどん薄くなっている。その人と人との間にエンコーディングとディコーディングの失敗がおこっている。情報ネットワーク中心の社会・仕事になることで、それぞれの交流・会話・つながりが減ったことで、共通基盤が弱くなり、お互いの「共通言語」がなくなり、お互いが「意味わからん、訳わからん」となる。これも「生産性」があがらない、品質の低下を招いている要因。 



まだある。日本には創業100年、200年、300年以上の企業が多い。そういった老舗企業をもてはやす風潮が強い。「社会のためになることをする」という、そもそもの本質を承継して社会・お客さまは価値を創造・提供しつづけるために、時代とともに自らを変化つづける企業・店はいい。そういった企業や店は、イノベーションなど、とりたてて社内課題にすることなく、常にイノベーションしつづける。しかしそうでない会社がたくさんある。たんに「古いだけ」という会社も多い。表面的な形だけ継承されているが、本質が承継されていない会社が実は多い。先々代と先代、先代と今と、やはりエンコーディングとディコーディングが失敗している。しかし芯がなくなったスカスカになっていることに気づかない会社が多い。その店・会社・職人の「技能」が大事だ、「技」の伝承が大切だというが、技が目的ではなく、技がつくりだすモノ・コト・サービスが大切である。お客さまに役に立つこと、社会に役に立つことを生み出しつづけ、社会に必要とおもわれたら、その店・会社は残る。「一子相伝」だといって、隠すから判らなくなったり、途絶えたりする。ここにも浦島太郎があらわれる。もうそういう時代ではない。仕事や技のプロセスを見える化し、教え、学び、身につける仕組みをつくりあげなければ大変なことになる。


(エネルギー・文化研究所 顧問 池永寛明)


〔日経新聞社COMEMO  9月27日掲載分〕


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