今ならシャッターだが、かつて西日本の家には木板の雨戸があり、「台風が来る」といったら雨戸を閉め、窓に板を打ちつけて強風・豪雨に備えた。北日本の住居には雨戸が少なく、その理由を問うと「台風はめったに来ないから」とお聴きしたことがあるが、その東日本・北日本を台風19号が襲った。
かつてそこは川だったとか、ハザードマップに示されていたからといっても、今回の台風19号で川が濁流となり海のようになり住宅が水没したり、堤防が決壊したり氾濫するなどとは思わず、避難行動はとったものの、多くの人が犠牲となられた。
10月という時季に、しかもこれまで台風はあまり来なかった東・北日本の影響は甚大で、心が痛む。“いつもの川がまったくちがった川となって、まちを襲ってきた”というコメントを、繰り返される氾濫する川の映像とともに何度もお聴きした。
「箱根八里は馬で越すが 越すに越されぬ大井川」という江戸時代に歌われてきた民謡「箱根馬子唄」や富嶽三十六景「東海道・金谷の不二」に大波に荒れる大井川を川越人足に肩車をしてもらったり、蓮台に乗せてもらって大井川を渡る絵は、現在の大井川からは「満水」の大井川の姿はイメージできない。江戸時代まで、大井川もそうだが、河川は「人が渡って行けない」ものだった。現に河川一本で旧令制国が分かれた。「越すに越されぬ大井川」というけど、今ならば“どう考えても越せるだろう”と思うが江戸時代までの大井川は満々とした水量の川であり、大雨の際は水かさがさらに増し、川留めとなった。何日も大井川を渡ることができず、足どめとなった。このように昔と今では河川のイメージがちがう。
日本人は世界の川をみると“海のような川ですね”というが、日本も昔は川は大きかった。中国では荒れ狂う“龍”のような河川を治めたものが帝となり、「龍」が皇帝の象徴となった。島国の日本と大陸では河川の構造がちがう。ヨーロッパやアメリカや中国の河川は常に満水で水域が広い。山や陸地に降った雨水、万年雪が溶けて流れてくる水が河川に集まり、山と海が遠いので、川は長く流域面積が広い。山から海へと365日、ゆっくりゆっくりと海に流れていく。さらに大陸型河川は洪水がおこりにくい。大陸型の河川は岩壁を削っていくため河川の底へ底へと流れていくのに対して、日本は急峻な山の近くに平地があってすぐ海という構造、山と海が近いので、平地に水害がおこりがちだった。雨が降らないなあと困ることも多いが、大雨が降ったら氾濫する。― そういうことを江戸時代まで繰り返してきた。このように日本と大陸では「河川」の特徴がちがう。
台風19号は川をいつもでない川に変貌させて町を水没させたが、川の概念は昔と今とはちがっている。日本の平野は河川が殆んどつくったものだが、今の水量のない川をみて、どうしたら平野をつくることができたのだろうと思ってしまう。今の川は上流でダムによって水量をコントロールしてしぼっているのであって、仮にダムがなければ急峻な山から水が一気に流れて川は満水となる。かつての日本はそうだった。だから大雨が降ったら何度も堤を切った。江戸時代の日本人は度重なる経験に学び、人々は住む場所を選択していた。
明治以降に、ダムがつくられ川の水量がコントロールされ、洪水・氾濫が大きく減った。大雨が降りダムの貯水量が貯水限界に達すると放流しないといけなくなるが、台風19号はこのコントロールが大変だったのではないかと想定される。「雨が降る→ダムの貯水量があがる→これ以上貯めるとダムが決壊する→流域が氾濫する」ということにならないように、ダムに入って貯める水の量「IN」とダムから放流する「OUT」をバランスさせる必要があり、ダムが決壊したらINとOUTが同じになる。INとOUTが同じとなると“ダムがない”状態になり、昔ならば下流で氾濫をおこすことになったが、数多くのダムが川をコントロールしたので、数多くの川の氾濫を防いだだろう。しかしそのことはあまり話題にならないが、大切なこと。
東海道新幹線で大井川を渡ると、大きな川幅だったんだなと感じさせられるが、現在はまんなかをチョロチョロ流れる大井川になっている。大井川の両岸に堤防がある。河川は水が流れているところが河川ではなく、下図のように堤と堤の間が「河川」であった。だからかつては「河川敷」はなかった。もともと河川は堤と堤の間を流れていて、大雨の時は本来の川幅・水量になってもいいように堤防は設計された。
だからダムがなかったり、ダムが放水したら、本来の河川の姿に戻る。それをしぼっているのがダム。構造的に堤は川を守っているようにみえるが、家があるところを「堤内」と呼び、河川がある方を「堤外」と呼ぶように、堤は住居を守っている。今回はそれを超えたということである。これからそれを見直していかねばならない。
川の概念の違いはもうひとつある。かつてダムがないころは川は水量が豊かで川幅があった。今とちがって満水だったので、船が行き来してモノを運んでいた。交通にも使われたが、物流に使われ鉄道もトラックもなく、船がメイン物流システムだった。川のなかで船に荷物を積み、運び、降ろした。水の浮力をつかって、米も野菜も酒も醤油もモノを運んだ。川が氾濫したり洪水となって人々は困ったが、川があるからヒト・モノがはこべ、経済をまわし、暮らしを豊かにした。川についての概念が昔と今でちがって、今回の台風19号での堤の決壊による災害ばかりがクローズアップされがちだが、日本における川の意味を考えてみた。
川とはなにかをおさえておかないと、対症療法では同じ繰り返しをしてしまう。
(エネルギー・文化研究所 顧問 池永寛明)
〔日経新聞社COMEMO 10月17日掲載分〕