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2019年12月26日 by 池永 寛明

【耕育篇】日本の生きるもうひとつの道「外してはいけないこと」― スリッパ物語(下)


熊や猫がのっかり、可愛らしく、もこもこした内履き・部屋履きスリッパに、世界は熱狂した。カワイイ履き物!と、日本のお土産として外国の人が買っていかれる。ぬいぐるみのスリッパが世界アイテムとなった。実は日本発なのだが、多くの日本人は気づいていない。


“ぬいぐるみを履く“という発想は、世界にはなかった。
どっちみちスリッパを履くならば、ふわふわしたほうがいい。ふかふかした生地を使うのならば可愛いほうがいい。で、熊、猫をつけた。しかしそのスリッパは“部屋履き”である機能ははずさない。フワフワで、気持ちよく、あったかく、それに動物の顔をくっつけてぬいぐるみみたいになって、なおかつスリッパ。


価値観とか精神性を外してしまうと、アイデアはただのアイデアで終わる。日本人はモノづくりをするときに、ウチとソトとか、人に対する礼など根源的な価値観・精神性を決して外さない。便利で、心地よく、多様性があるモノやコトを日本人が承継してきた精神性が支える。たとえばウチで履くモノと、ソトで履くモノの意味を分ける。“ウチとソト”という精神性を基軸にして、転じて、ものごとを多様化させる。多様化してできあがったものは、とても機能的で、洗練され、しかも日本的なミニマリズムの粋になっている。それが日本のモノづくりの基本である。


内履き・部屋履きスリッパは和洋折衷のシンボル。
建物が和洋折衷になっていくに伴い、内履き・部屋履きスリッパがうまれた。内履きスリッパを履いたり脱いだりして、和と洋が混在する家のなかを行き来する。その内履きスリッパが家から出て、「つっかけ」となった。

 


ベランダや庭に出るときの履き物で勝手口から、“ちょっと買い物”と、外に出た。当初はゲタだったのでカランコロンと音がしたが、形状が工夫されて静かな「つっかけ」となった。さらに「つっかけ」は進化して、ファッションアイテムとなり、街のなかで堂々と履いて歩くようになった。

また着物時代の足袋がとびだして、「地下足袋」がうまれた。親指が一本出た地下足袋を、昔のマラソンなどの陸上選手は履いていた。実は日本人は力仕事をするとき、親指に力を入れて地面を蹴る。だから親指が分かれていないと、足に豆ができる。地下足袋はこの日本人の運動スタイルを踏まえた形状であり、ゲタや草履の「鼻緒」も日本人が発明した。

これらゲタ・草履・鼻緒・地下足袋が転じて、日本人は「ビーチサンダル」を発明した。とりわけ“履いていたら乾く”という誰も考えつかなかった機能をのっけた。石文化の西洋では、サンダルは足を痛めるので履かなかったが、日本人がこのような快適なサンダルを次々につくっていったので、“すばらしい、いいね”となって、世界中の人が履くようになった。

この流れから、「クロックス」がうまれた。日本のつっかけ・ビーチサンダルをベースに、かかとが外れないようにと、「ベルト」がつけられた。この「ベルト」こそ西洋人の矜持だが、クロックスのベルトをつけない日本人が多い。

これらスリッパの進化はたんに機能だけで展開されたのではない。「内(ウチ)と外(ソト)」という精神性が踏まえられている。家の外に出るものではなかったつっかけが、家(ウチ)と外(ソト)の結界を越えて、ファッション性をあげて、外に出ていった。


日本人は精神性をはずさず、機能性を満足させ、洗練させ、そのうえで可愛いくする。どんなに可愛いいスリッパといっても、スリッパの機能を満たしている。バッグが可愛いい、ハンカチが可愛いい、スマホのケースが可愛いいと、日常生活に「可愛いい」が広がっている。

普段使うものだったら、“どっちみちなら、可愛い方がいい”と考える。弁当箱なのに可愛いかったり、ふたを開けたら猫の顔が出てくる「キャラ弁当」も、決して「弁当箱」であることを外していない。


弁当の原型は江戸時代にある。
「メンパ」と呼ぶ木製の箱に、家で調理した食べ物をつめて、外での仕事や旅のためにメンパを外に持って出た。“外にいながら、内を感じられる” “内と外をつなぐ”という精神性を込めて、パーソナル用の「主食と菜(な)」をセットにして、持ちはこんでもこぼれない、しかも愛母弁当・愛妻弁当として想いが込められるという “弁当”を今も学校や職場に持って行き、食べている。江戸時代の流儀が今に続いている。その弁当が「BENTO」という世界語となり、「キャラ弁」としても発展し世界に広がっているが、日本人の多くの人はそのことに気がついていない。

 
日本人は与えられた「レギュレーションとルール」のなかで、なにができるかを徹底的に考えて、洗練させ、かつ多様化させるのが得意である。欧米の人は“スリッパならばこんなものだろう”と思うが、日本人はスリッパに”こだわり”つづける。スリッパというお題があれば、そのスリッパをもっと楽しいものにしよう、可愛いものにしよう、綺麗なものにしようと考えて、スリッパをいろいろに転じる。


精神性、機能、根本を変えない。
その範囲のなかで、どっちみちなら可愛く、どっちみちなら楽しくという発想で、物事を多様化していった。そのモノづくりが最近ズレてきている。ともすれば突拍子もない、思いつきのアイデアでモノをつくろうとする。基軸を外したものは、広がらない。


日本の生きるもうひとつの道はこれではないだろうか。
そのモノ、そのコトの本質と価値観を外さず、そのうえで転じて、幅広く展開し、創意工夫し、多様化させる。あくまでスリッパはスリッパ、弁当は弁当でこだわったうえで、転じる。スリッパ・弁当以外にもある。傘なら傘の領域で、どこまで行っても傘にこだわり、綺麗な傘、可愛いい傘、折れない傘、折りたためる傘へと転じてきたが、どれも傘であることを外さない。


日本的なモノづくりは、「本質」「精神性」にこだわる。
ビーチサンダルしかり折りたたみ傘しかり、これまでやってきたことを活かす道はないのか、生き残る道はないのかと試行錯誤するなかで、いっぱいの失敗を経験して、“これ、いい” “みんな、喜ぶ”という価値あるモノやコトを生み出してきた。「試行錯誤」をめんどくさがってはいけない。 (了)


(エネルギー・文化研究所 顧問 池永寛明)


〔日経新聞社COMEMO 12月25日掲載分〕



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