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2020年01月31日 by 池永 寛明

【起動篇】戦略が好きな日本人(上)


日本人は「戦略」という言葉が好き。
経営戦略、企業戦略、マーケティング戦略、サービス戦略、イノベーション、環境戦略、投資戦略、不動産戦略、起業戦略…と、新聞・雑誌・書物・会社・イベント・セミナーは「戦略」だらけ。分かるようで分からない。しかし、戦略と戦術はどうちがう?課題と問題はどうちがう?…「概念言葉」を使うときは「意味」をおさえるのが鉄則だが、日本人は曖昧にする人が多い。戦略はその典型のひとつ。


魔法の言葉がある。
企画書や計画書に、「強化」と「推進」という言葉がよくでてくる。この言葉が出てきたら要注意。年度計画や活動計画、中長期計画を考えるとき、たとえば「営業力の強化」「組織間連携の強化」「イノベーションの推進」「戦場風土の改革」など、「〜の強化」「〜の推進」「〜の改革」などと、魔法の言葉で締めくくろうとする。この言葉が出てきたら、文章全体が曖昧になる。この言葉を使おうとするのは計画が練れていない証拠。別の言葉を考えるだけで、具体性が増す。

 

経営コンサルタントになりたがる学生が多い、なぜ。
金融やメーカーや流通などの大手・有名企業や自治体に内定していても戦略コンサル会社に内定が決まったら、そっちに行きたがる学生が多い。なぜ?― “スマートだから、格好いいから、収入がいいから”と答える。どんなイメージだと思うの?と訊ねると、“偉い人たちに、綺麗なパワーポイントでプレゼンする華々しい自分の姿”を思い浮かべていたりする。しかし突っ込んで議論したら、戦略コンサルなら「責任」をとらなくていいのではないかという本音がチラホラでてくる。そう考える背景のひとつに、テレビで“偉い人”たちがいっぱい頭を下げている映像の数々をみるなか、“自分はそうなりたくない、責任をとらなくていい”と思い込む分野で働きたいという防衛本能を底流に感じる。


ともあれ日本人は「戦略」が好きで、戦略という言葉を“雰囲気”で使っている。そもそも戦略は軍用用語。戦略は、英語の「strategy」の日本語訳で、語源は「だます」という意味のギリシャ語「strategia」。「謀略」といったりするように、「略」には「はかる」「かすめとる」というニュアンスが含まれている。


では「戦略」と「作戦」とはどうちがうのか。
戦略は戦いが始まろうとする直前から戦いが進行している間に、“今、右か左のどちらを選ぶか”ということを考え決める。戦いのなかで生き残るために、勝つために、なにをどうするのかを考えること。「戦略」を考えるという段階は戦っている状態であることを忘れてはいけない。一方、「作戦」は戦う前に考えること。“いつか、こんな社会になったらいい”とか “いつか、わたし、こういうふうになりたい”というのが「作戦」で、まだ戦いが始まっていない段階に考えることである。


「課題」と「問題」もよくわからない。
“いつかこうなる、こうしたい”が「課題」で、“今、どうするか”が「問題」。「問答」という言葉があるように、問われたことに答えを出すこと。問題は今、現場でおきている。その発生する問題への答えを出さないといけない。今流にいえば「ソリューション」、問題を解決すること。答えを出していたら、“電車”は動き出す。しかし“電車”はそのままでスムーズにゴールまでたどりつかない。ゴールにつくまで、いろいろなところで問題がおこる。“これ、どうする?” “あれ、どうする?”といった問題に対して、答えを出しながら、ゴールへと導いてくことが戦略。スタートしたら、ゴールにたどりつかないといけない。

これをタクシーで考えてみる。
お客さまを安全に目的地=ゴールにはこぶことが「課題」。“あっちを右に” “こっちを左に” “急いで” “そこ、止まって”といったお客さまの注文に次々と応えて、ゴールにたどり着かなければならない、しかも安全に運転する。このようにタクシードライバーは極めて戦略的。
タクシードライバーのストレスは大きい。道路で手をあげられたお客さまがタクシーの車内に乗ってこられるまで、どこに行きたいのか分からない(Uberタクシーはこの問題をクリアする)。乗られたあともお客さまが行きたいところをきちんと伝えられなかったり、走っているうちに突然ちがう方向に行ってと言われたり、時間とか運賃などお客さまからの様々なリクエストに応えて、ゴールにたどりつかなければならないから、極めて「戦略」的でなければならない。「戦略」とはこういうこと。

 

目的地・ゴールにたどりつかせるのが「戦略」。
目的地までの間に発生する数々の問題に答えを出すごとに、局面が変わる。この道だと思って進んでいたら熊が出てきて、これではだめだと別の道に変えて歩き出す。すると今度は虎が出てきて、また別の道を選ぶ。最初に考えた通りにはいかない。現場では、次々と局面が変わる。局面局面ごとに情勢を分析して考えて実行する。現場ではいっぱいの「どうしよう?」が発生し、問題ごとに「じゃ、こうする」と答えを出し、動きつづけて、ゴールにたどりつかないといけない。


戦略はゴールにたどりつくための問題解決の連続的なプロセス全体である。
にもかかわらず、経営戦略だとか企業戦略だとか投資戦略といったセミナーの「これをこうしたら勝てる、うまくいく、儲かる」といった話が流布する。しかし現場は“これをこうしたら絶対に勝てる、必ずうまくいく”わけではない。手をうっても思ったとおりにならなかったり、別の局面になったりする。そのとき、どうする。そうならなかったとき、どうする、どうやって軌道修正して、ゴールにたどりつかせるかといった「連続的なプロセス=戦略」が欠落している。


“私が考えたプランは良かったけど、あなたが実行しなかったからダメだったのだ”と言ったり、“やったけどダメだった”と平気で言う戦略コンサルタントとか弁護士といった、いわゆる「先生」方が増えている。本当の戦略とは知識ではない、海外の誰かが考えた枠組みや公式ではない。戦略はゴールに必ずたどりついて勝つことなのに、「うまくいくかどうかの責任はもてない。やるのはあなただから」という「先生」が多くなった。


“考えるのは私、やるのはあなた”ではない。
刻々と発生する様々な状況をつかみ、判断をおこなって答えを出しつづける。それが「戦術」である。戦術とは「術(すべ)」。術(すべ)とは現場での経験にもとづいて身につく技術。つまり戦術をもって一連の問題解決をおこなって、試行錯誤しながらも、ゴールにたどりつかせる全体プロセスこそが「戦略」である。
その戦略力を高めるために、どうしたらいいのかは次回、考える。


(エネルギー・文化研究所 顧問 池永寛明)


〔日経新聞社COMEMO 1月29日掲載分〕

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