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2020年03月06日 by 池永 寛明

【交流篇】Netflixと字幕 ― パラサイトがアカデミー賞を獲ったのは



Netflixの「字幕」が、アカデミー賞を動かしたかもしれない。
韓国映画の「パラサイト 半地下の家族」が非英語映画として、初めてアカデミー賞「作品賞」を受賞した。世界の「言語」というバリアが崩れつつあるなか、本当にいいモノ・コトならば、世界のどこのものであろうと見つけられ、選ばれるという潮流でのひとつと考えられる。


BBCとNetflixのコラボドラマ「GIRI/Haji(義理/恥)」が配信されている。舞台は東京とロンドンの2つの都市。日本語と英語が現在進行形で交錯して、ドラマが進んでいく。観ているうちに、日本語と英語が溶け込んでいく。このドラマを日本以外で、たとえばインドのガンジス川のほとりでスマホで観たとしたら、スマホで観ている傍のインドの言語とも溶け込んでいくかもしれない。世界は、「GIRI/Haji(義理/恥)」のドラマのように、混じりあいが急速にすすんでいく。


外国映画には、吹き替え版と字幕版がある。日本で観る外国映画は字幕版が多かったが(現在は吹き替え版が増えている)、アメリカやフランスなどでは吹き替えの外国映画を観るのが中心だった。声の文化の欧米に対して、日本は文字の文化だった。その文字文化が「字幕」につながる。


日本人は物事の本質を「観念」ではなく、風景やシーンでとらえる。観念で理解する欧米人に対して、目に映る景色や物事のありさまをシーンで理解するのが日本人。シーンとして理解する神髄は、「字源」。なにかをしている人の姿、様(さま)が、「字」に込められる。おなじ「あお」でも、「青」「?」「蒼」「碧」「襖」などの漢字があり、それぞれの漢字にはシーンがあり、日本人はそれぞれを使い分けていた。

 

そもそも翻訳とは、海外のコード(本質)を日本的なモード(様式・方法論)に変換することである。

 


日本は海外のもの(コード)をそのまま持ち込んだのではなく、日本的なもの(モード)に翻訳していった。1で入ってきたものを100に翻らせた。漢字の字源を基準に、外からもたらされたモノのコード化された本質を読み解き、日本人のもつ価値観・精神性と融合させて、日本的な物語・絵画・建物・仏像・舞踊などへと展開して、多様な人々に理解していただき、広げてきた。

 

この日本の翻訳文化が映画の映像に活かされる。映画の「字幕スーパー」は字幕を映像と音声に混じりあわせ、映像のなか一目で捉えられるように短く翻訳して文字である日本語を「絵」にして流した。だから判りやすく、みんな、理解できた。


その映画館で観るものだった映画が、ビデオ・DVDで家のテレビで観ることができるようになった。さらにYouTubeやNetflixなど動画配信サービスはテレビのある場所から飛び出て、いつでもどこでもスマホで観えるようになった。「時間」と「場所」の概念を大きく変えた。


映画館時代は興行的に売れる作品を制作した。テレビも視聴率を稼げる作品が中心だった。動画配信サービスのNetflixは190か国に動画配信という世界を「市場」としているので、製作費をかけたクオリティの高い作品を時間をじっくりかけてつくって世界に配信する。TV番組、ドラマ、アニメも、食のドキュメンタリ―もインド映画もスウェーデン映画も、いつでもどこでも自由に観れるようになった。
それまで英語の映画中心だったアメリカ人も、Netflixの「字幕」で世界の映画をその国の言語で観るというスタイルが増えていき、アメリカのアカデミー協会の映画観に影響を与え、パラサイトのアカデミー作品賞獲得につながったともいえないだろうか。Netflixは、Amazonとともに、このようにして世界を縮めた。



「バーチャルへのアクセスは簡単になったが、リアルへのアクセスがしにくい」時代となる。ネットワークの時代、バーチャルの時代になればなるほどリアルが、本物が求められる。


新型コロナウィルスも、「世界が縮んだ」ことを実感させる。
世界的な新型コロナウィルスの感染拡大防止に向けた動きによって、都市・産業機能があっという間に変わる。国内外からお客さまが来なくなった、物が売れなくなった ― どうしたらええんや?世界からモノが来なくなってモノがつくれなくなった ― どないする?マスク、トイレットペーパー、ティッシュペーパー・冷凍食品が売り場にない ― どこに売っているんや?学校が休校となった ― 子どもも親もどうしたらええんや?営業時間が短くなり休日が増え、時差出勤に在宅勤務にテレワークにリモートワーク ― 仕事どうなるんや?いつまでつづくんやろ、えらいこっちゃ ― しかし、だからこそ、忘れてはいけないのは、「本物が選ばれ、にせものは選ばれない」ということ。


緊急に、不意に発生したからといって、“これに困っているから、こうしないといけない”というような対症療法になりがちである。しかしアクションする前に、まず、その事柄、その物事の構造をおさえること、そうすることによって、本当に大切なこと、必要なこと、本質を浮き彫りにさせてから、行動しないといけない。


たとえば、学校。多くの学校は、休校中には宿題や教材を与えて自宅学習というスタイルがとられている。そのなか、タブレット端末を用いたオンライン授業やスマホでの遠隔授業が検討されているが、世界の多くの国ですでに導入している。何が世界と日本でちがっているのか。IoTなど技術変革によって、学ぶということの意味、学校という“場所”の位置づけが大きく変わり、適合不全がおこっているにもかかわらず、「学びとはなにか」が再定義されないなかで、今回を迎えた。対症療法ではなく、学ぶと学校の再定義をおこなったあと、新たな学びのスタイルを実現するために新たな技術を導入していくというステップを踏むべき。今回のことを新たな学びへの転換のチャンスが来たと捉えられるかどうかが鍵である。


仕事もそう。デジタル革命によって、紙のやり取りからデータのやり取りへと仕事のカタチ、仕事の「場所」と「時間」の位置づけが変わっているのにもかかわらず、再定義できていなかったり”一人でする仕事、二人でする仕事、みんなで議論していく仕事”など劇的に仕事の定義が変わっているのにもかかわらず、「会社」という概念が変わっているのにもかかわらず、「みんな、会社に集まって、いっしょ」というワークスタイルのままの会社が多い。そのなかで、今回を迎えた。在宅勤務・リモートワークなどをしようとしているが、形だけの暫定策、対症療法で終えてはいけない。


今、どう考え、どう動くかで、その後のカタチ・姿は大きく変わる。


(エネルギー・文化研究所 顧問 池永寛明)


〔日経新聞社COMEMO 3月4日掲載分〕

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