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2020年05月28日 by 池永 寛明

【起動篇】アバターが活躍する時代ーコロナ禍後社会キーワード(4)「場と時間が転換する」


東大生が出ているクイズ番組をみて、よくそんなことまで瞬時に答えられるなと思うが、感動しないのはなぜか。その姿にAIを連想してしまうことと、彼らが“社会経験”のない学生だからである。“社会経験”を積むことは、知識を増やすだけでなく、直観や類推・アナロジーに活きる。社会でのコミュニケーション技術、人に対する配慮や思いやり、考え方、センスは、リアルな社会経験を積まないと、なかなか身につかない。


1.テレワークで「場と時間」が変わる
いま、コロナ禍で、テレワークをしている。もともと集まって仕事をしていたメンバーがバラバラになった。在宅勤務をするようになって2ヶ月、時々オンライン会議などで時間を共有するが、最近会えないねと言いあったりする。


コロナ禍自粛が落ち着いても、テレワークやオンライン会議が普通に行われるようになると、1年が経ち2年が経ち3年も続けば、分散的・機能的に人材を確保し連携する「分散型ワーク」が進んでいくなか、フリーランス的な働き方をする「ネットワーカー」が増えていく。


分散型ワークでは、企業の経営目標を達成するために、案件ごとに、それぞれのタスクを遂行できると思われる能力をもった多様な人材がチームに集められ、役割分担して分業しながらも連携して、仕事を高品質かつ高速ですすめていく。まるで藤田まことが主人公だった人気ドラマ「必殺仕事人」のように、ラグビー日本代表チームのように、そのチームに集められたメンバーはその案件だけで連携して目標に向かう、お互いがどんな人でどこにいる人なのか分からないこともあり知る必要もなくなる。


そうなると、“会社ってそもそもなんだろうか”ということになる。会社とは「ある目的や事業のために同志の者が作った集まり」のことであり、これから会社は物理的に一人もいない「場」になるかもしれない。


もうひとつとても大きな変化がおきる可能性がある。分散型ワークが機能しだすと、「定年制度」がなくなり、「女性活躍推進」も「外国人雇用」の問題がなくなるかもしれない。「ネットワーカー」には年齢が問われない。実年齢の60歳だ70歳だ80歳といわず、40代50代だといって、得意分野なり優れたスキルで参画すればいい。年齢は仕事を進めていくうえで関係なくなる。逆もある。目標達成に貢献できる能力があれば10代でも参画すればいい。それは職人や芸の世界では当たり前のこと。こうして定年制度もなくなる。そもそも定年制度は1887年の海軍の工場で熟練工を確保するために導入されて以来の、たかが130年間くらいの制度である。目的が変わり実態に合わなければ変えればいい。


このような分散型ワークになると、若い人は「実績がない」「キャリアがない」とみなされ、不利になる。若いというだけでは、分散型ワークに参画できる資格にならないし、情報リテラシーのスキルだけでは参加できない。昔だったならば、無理のきく若者がチームに1人2人いたほうがいいとか、将来のための人材育成のためにメンバーとして参画させようという考え方をした。しかし分散型ワークとなると、ヒューマンな配慮や潤滑油など、いらなくなる。むしろ男性も女性も、年齢も関係なく、どこの国の人であろうと、案件の目標達成に貢献しうる知識・スキルや能力を持っていたら、そのプロジェクトに参画できる。となれば、目的を達成するスキルを持っているならば、若くてもチームに参画できる。そういう場で活躍できるように、勉強して体験を積んだらいい。学びは大きく変わる。


ネットゲームには、「アバター」が登場する。アバターは自分の分身だが、性別も年齢もバラバラ、動物だったり、アニメのキャラクターだったりする。ネットの世界では、人気の女性キャラクターが男性だったり、その逆だったりする。これから本格化していく分散型ワークに、顔を出すことは必須ではなくなるかもしれない。とすれば、アバターで参画してもいい。雅楽、能、狂言、歌舞伎も、アバターそのもの。
WEB会議で頷いたり発言するときは、「アバター」で登場したらいい。オンラインの世界では、男性も女性も年齢も国籍も関係がなくなる。いい仕事ができればいい。明確な目標・アウトプットの姿と目標達成に向けた体制が示され、それぞれのテーマを解決できるスキル・能力を持った人が集められ、それぞれが役割をはたせるようマネジメントできるならば、目標を達成できる。


仕事のカタチと進め方が劇的に変わる。仕事は時間管理から成果主義に変わり、優秀な人材が転職したり起業したりフリーランスになろうとする人が増えるかもしれない。しかしたとえば大手の企業に勤めていた人がフリーランスになって、「自分は何者で、なにができて、なにに貢献できる」と自らを語れるのだろうか。“予算屋でした、技術企画をしていました”などといっても、“あっそうですか、それで”で終わってしまう。“人間関係をつくるのが上手だとか、トラブルには強いですとか、なんでも対応できる能力があります”などといっても、世の中は通用しない。かつての大企業の名刺を使わず、3分間で自己PRしてくださいといわれても、オンラインでお客さまに分かって貰えるだろうか。おそらく前職でしてきた事柄の多くが世の中で通用しないことに気づかされる。相手企業の目的に応える力があることが瞬時に伝わらないキャリアでは、案件に参画できない。そこで、いかに社会に入ってからの学びが足りていなかったことに、ようやく気がつく。そうなると、コロナ禍後における仕事のありかた、学び方は大きく変わっていかねばならない。


2.コロナ禍の前から変わっていた―場と時間の転換
テレワークが終わった夕方、愛犬と近所を歩くことが日課となった。近所の商店街を歩く人、子どもや若い人が多いことに気づかされた。テレワークやオンライン講義のため、多くの人が自宅・近隣中心の生活というタイムラインとなって、場と時間が大きく変わった。


緊急状態宣言に伴う移動制限、テレワーク、ターミナルの商業施設の休業により、都心のターミナル・繁華街・オフィス街を歩く人が大幅に減り、地元の商店街・家の近所を歩く人が増えた。それまで家と会社を軸にしてきた広域な社会行動範囲が狭まり、自宅を中心にちょっとだけ外の空気を吸うように近所を徒歩と自転車で行動するという狭い社会行動範囲となった。


近所の商店街の食料店や食品スーパーやコンビニ、店頭で弁当を販売する飲食店に人が集まり、今まで気がつかなかった店を発見したりするなど、近所の商店街が賑やかになった。コロナ禍で強制的に行動様式が変わった人々のタイムラインのなかに、「地元・近所もいいな」という印象が刻まれつつある。


コロナ禍前から、はじまっていた。
数年前、オーストラリアのメルボルン市の都市計画マネジャーが、「スマホで出店戦略が変わる。行きたいところを検索すれば、Googleマップが確実に連れて行ってくれる。だからわざわざ賃料の高いメインストリートの一階の路面店でなくても、ビルの2階3階に出店してもよくなった」と話していた。スマホで、店舗の立地戦略が変わりつつあると言っていた。 


50年前に、テレビショッピングがはじまった。テレビ番組のショップチャンネルから流れる卓越したセールストークに惹きつけられて電話・FAXで注文するというスタイルが普及したあと、25年前に、ネットショッピングがはじまった。パソコンやスマホで見つけた欲しいモノをクリックすれば、翌日には届くという革命的な購買スタイルが生まれた。いつでもどこでもモノが買え、レストランやコンサートなどの予約ができるという圧倒的な利便性が社会を大きく変えた。IT技術による新たなコミュニケーションの方法がアクセシビリティを変え、社会における「社会時間」と「売り場=買い場」の概念を大きく転換させた。


このようにITでバーチャルなものに、容易にアクセスできるようになった。お店の営業時間内に行かなくても、いつでも、家でも会社でもカフェでも電車のなかでもどこでも、たいていのモノの情報にアクセスでき、簡単に買えるようになった。現物が届くため、ロジステックが飛躍的に進化したことがネットショッピングを成立させた。


実物・本物への「アクセシビリティ」が時代の潮流である。物理的に配達できるものなら、ネットで注文すれば必要なところに確実に届けてくれる。しかし五感が伴うサービスは運べない。本物・リアルなモノが欲しくなっても、なかなかそこまで行きつけない。そこに行かなければ、手にしたり匂ったり感じたり体験することもできない。


経済的に、集中することが効率良いと考えられてきた。それがデジタル技術革命と高齢化という人口動態の変化から、社会が分散的に変わろうとしていたころに、コロナ禍に入った。
そもそも都市には、マーケットが集中していることを前提にサービス業が成立していた。飲食サービスしかりファッションしかりホテルしかり、生活空間にないものが、集積のロジックにもとづいて張りついた。そのサービス業が都心からこれから減っていく。


たとえばコロナ禍がおこる前から、「美容院」が家の近所に増えていた。これまで青山や原宿や梅田や難波など「お客さまが集まる場所」に美容院を出店することが従来の出店戦略であったが、「お客さまがいる場所」に美容院をつくって、お客さまのアクセシビリティを高めることでご利用いただく出店戦略に変わろうとしていた。


ペットを飼っている人の悩みは、ペットを自宅に置いたまま旅行にいけないことだったが、ペットを預けたいがペットホテルが少なかったり遠かったりする。「ミスマッチ」がおこる。そこで「移動式ペットホテル」として、お客さま宅に車で迎えにいくというサービスもうまれる。
飲食店もそう。コロナ禍で外出自粛となったので店頭で弁当を売ることになったが、外出制限の繁華街ではお客さまが少ない。だったらお客さまのいる場所に「キッチンカー」で行って料理を提供したり、お客さまの家に「出張料理」するという動きも出てくる。お客さまのいる場所に行って、リアルな体験を味わっていただける。


さまざまな仮想的なモノ、代替するモノには、アクセスしやすくなった。しかし実物や本物に出会うのは困難である。それをどうやって結びつけるか。たとえばこの病気における世界一の名医はネットで調べたら誰かはわかるかもしれないが、その名医に診てもらえるかは困難である。こういう「ミスマッチ」がいたるところにおこっている。バーチャルとリアルをどのように結びつけられるのかが、これからの社会の論点のひとつとなる。


週末に営業再開したターミナル百貨店の開店前に、行列ができた。特価品があるわけでもないのに、多くの人が並ばれていた。「久しぶりの買い物を心待ちしていた」という笑顔で語るお客さまの声に、モノを買うということの本質をみる。


生活協同組合が動いている。
コロナ禍後、生活協同組合への宅配希望品量が大幅に増えるとともに、新たに宅配を希望される方が多いという。100年前の設立以来、地域の人々に、安全・安心なものをお届けするためにつくられたものであり、隣近所の人たちが集まって協同で物品を購入するスタイルだった。生活協同組合に加入して、そこに来て寂しかったが近所の人と知り合えたといった物語が多い。その事業モデルがコロナ禍で再認識されている。組合員の生活価値を高める活動をしてきた生活協同組合の「生活」という言葉が今に生きる。この「生活」こそがコロナ禍後の社会の最大のキーワードではないかと思う。 


(エネルギー・文化研究所 顧問 池永寛明)


〔日経新聞社COMEMO 5月25日掲載分〕


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