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2020年06月18日 by 池永 寛明

【起動篇】そんなことをしたら、人がいらんようになる ― コロナ禍どうする (2)


会社生活38年でもっとも衝撃的だった言葉のひとつ。「パソコンを導入したら、人がいらんようになる。そんなことをしたら、組合に怒られる。予算を減らされる」と、ある自治体幹部が言った。それは2000年頃に耳にした言葉。


それから20年経ったコロナ禍時代に、どれだけ変わっただろうか。新型コロナウイルスの感染者報告をFAXで行なう。特別定額給付金のオンライン申請チェックとして、日本伝統の「突き合わせ」「読み合わせ」をしている。小中高校では、オンライン授業がなかなか進まない。会社でもテレワークも進んだが、一部の業種と一握りの会社だけ。日本はデジタル化で遅れているというが、自分はどうなんだ。


内なる障壁が邪魔をする
デジタル技術で世界との差がとてつもなく広がっている。それは報道やSNSを見たり聞いたり読んだりして「情報」を入手しているが、自らがつくった「内なる障壁」を乗り越えられないので情報は放置され、自らの情報とならない。情報の受け取りを拒否するので受容・発酵の箱に蓄積されない。外からの情報を内なる情報として認識しないので、“日本は遅れていない”とか“日本は負けていない”と妄信してしまう。


若いうちは内なる障壁はなかったり低かったりするので、大切な情報を大量に収納して、受容・発酵するので、様々な「情報」を結合して独創的なアイデアを生みだせる。しかし歳を重ねて社会を経験していくうちに、入ってきた「情報」を“それは意味がない、参考にならない”と粗末に扱って放置するので、「内なる障壁」がどんどん高く厚くなり、「受容・発酵の箱」は古びてしまう。この「内なる障壁」こそ、世代間の「意味わからん訳わからん」の要因のひとつである。この答えは、「内なる障壁」を崩すか、つくらないかである。


■内なる壁が高くなる



昨年、「AIが進んだらこの仕事がなくなる、これだけの産業がなくなる」といった研究発表を聞いて、“そりゃえらいこっちゃ”と大騒ぎをした。AIは過去から何度もブーム(1950年代〜1900年代 第1次AIブーム、1980年代 第2次AIブーム、2000年代〜第3次AIブーム)になるが、そのたびごとに、“そりゃえらいこっちゃ”と騒ぐ。しかしAIブームが起こるが、しばらくしたら騒がなくなる。ここにも「内なる障壁」が邪魔をする。そのAIブームでも、日本人は「AIか人か」の二項対立で考える。AIが進んだら、この仕事はいらなくなる、だからそれをしていた人がいらなくなる。だったらAIは要らない。その繰り返し。


二項対立ではなく、“AでもBでもないCはないか”とは考えない。“ウチでもソトでもない真ん中はないか”と考えることをしなくなった。もともとこのような「陰陽融合」を日本人が得意だったのに、いつの間にか“二項対立”的思考になっていった。だからこの仕事をよくよりするために、人は何をする、そこでそれまで人がしていたこの仕事はAIに任せ、これはロボットに任せるとは、考えない。「二項対立」、YesかNoかで考えるので、とてももろい。


「陰陽融合」は、「二項対立」とは正反対。太陽が陽であれば月は陰。集中が陽であれば分散は陰。リアルが陽であればネットワークは陰。陰陽は昼と夜の間に線が引かれていないように、対立しているようでありながら、融合しあって、決して離れない。陽は陰があってこそ、陰は陽があってこそ、ひとつとなる。

陰陽融合は、物事そのもの。陰と陽は常に変化して、互いに増えたり減ったり(此生彼長)、互いに競争しながら成長する(相生相長)。どちらかが選択されるのではなく、どちらも存在して、互いが成長していく。
(冬眠から目を覚まして―コロナ禍後社会キーワード⑥「陰陽融合」)

 

■日本人の頭から、いつ丁髷がなくなったか
丁髷(ちょんまげ)と侍の刀は、明治維新となってもすぐになくならなかった。髷は天武天皇時代(683年)の「結髪令」以来だから、1200年も日本人のヘアスタイルだった。1968年に江戸幕府がなくなり、文明開化を旗印に西洋のモノ・コト・仕組みが大量に移入されるが、国民全体での生活様式・行動様式はすぐに変わったわけでなく、洋服も着て靴を履いて歩く人はまだ少なかった。洋服を着ても丁髷の人がまだ多かった。そのため明治4年(1871)7月に、「廃藩置県」が断行された。これは戦国時代以来の大変革。藩がなくなり中央の東京から県知事が派遣される。これで自らの住む場に、藩主がいなくなり武士がいなくなった。明治維新の政策のうち、「東京奠都(てんと)」と「廃藩置県」が最大の社会変革を促した。


その一か月後、「散髪脱刀令」が発された。“散髪脱刀勝手たるべし”だから、丁髷が禁止されたのではなく、丁髷をしなくていいということだが、これを契機に丁髷姿の人が減りだす。さらに明治6年に明治天皇が髷を切るというパフォーマンスをすることで、一気に髷のない人が増えた。明治37〜38年の日露戦争時点でも髷の人が江戸時代生まれの長老クラスを中心に一定数いたというが、社会全体では相撲の力士以外の髷姿は殆ど消えた。


かくも日本人はなかなか変わらない。変えないといけない、変える必要があることはわかっていても、自ら率先して変えようとしない。しかし災害や戦争のような自らに影響を及ぼすような重大なことがおこったら、雪崩を打って一気に変わる。とてつもないスピードでダイナミックに変わる。そして変わったら、すっかり前のことを忘れる。そして前に戻らない。コロナ禍はそれに近いのではないか。


コロナ禍の本質は「場」の転換



マーケティングといえば4P。4Pとは「Product(商品)・Place(流通)・Price(価格)・Promotion(プロモーション)」のことだということはみんな知っている。しかし大学で習って卒業したら忘れる。また社会人になって、営業のセクションに就くと、マーケティングの基礎のような本を買ってきて、マーケティングのセオリーを読む。しかしいざ実践となったら、そのフレームワークを忘れる。会社のミーテイングで“3C分析(Customer(市場・顧客)、 Company(自社)、Competitor(競合)分析とSWOT分析(強み・弱み/機会・脅威))をして4P分析をしないのですか”というと、「屁理屈はええんや、今までどおりでいい。これまでこれでうまくいってたんだから、ええんや、気合と根性で、やり抜くんだ」といった大きな声に支配され、組織の空気は市場・顧客の現実から離れていった。


マーケティングは、「Market+ing」であり、“市場はつねに動いていて、つねに現在進行形である”ことが本質である。よって市場観を社会観を生活観を磨き、「そこで、なにがおこったのか、今なにがおこっているのか、これからなにがおころうとしているのか」を掴み、自らを変えて、お客さまに選んでもらえるモノ・コト・サービスをつくりつづけることなのだが、多くの人はそれをしない。


コロナ禍時代の本質は「場」の転換であることは、普通に考えれば分かるが、多くの人はそう考えない。現場を見ず考えず立ちつくすから、本質がつかめなくなる。眼の前に起こる問題ばかりが気になって、それへの対処療法ばかりをする。そこで、いまなにがおこっているのかを掴めず、これまでどおりする。前提条件を変えない。だから失敗する。
なぜそうするのか。新たなことをして失敗したらマイナスになる。だから自らは決して最初にしない。過去それで失敗して、いなくなった人を沢山見てきた。“やってみなはれ”といわれてもやって失敗したら、敗者復活できなくなった人を多く見てきた。だから挑戦せよといわれても、だれも挑戦しなくなった。
そんな会社・組織の空気がこの30年につつまれるようになった。これではダメだ、これをしないといけないと思っても、空気に流される。「内なる障壁」が組織のいたるところに立ちあがり、組織独特の「空気」をつくる。オフィスレイアウトを変えるとか什器を変えるとかフリーアドレスにするといったように表面的に変えても、「社会的価値観」が変わらなければ、根本的に物事は変わらない。また元に戻る。


そしてコロナ禍となり、「強制」的にテレワークとなった。働く場が、会社や役所から「自宅」となる。働く立場から言えば、デメリットもあるが、生産性向上も品質向上となるのは自明。テレワークをささえる技術はさらに進歩してデメリットは解消されるだろう。それに対して「会社や役所」は“みんな集まって仕事をする”という考え方・価値観から変えられるだろうか。江戸時代の江戸詰め武士以来の勤め人文化を変えられるだろうか。着物や丁髷は100年前に変えたが、コロナ禍後社会に、それを変えられるのだろうか。

そもそもテレワークは方法論である。目的ではない。江戸時代の江戸勤めの武士から現代まで400年以上も承継してきた働き方という思考・行動様式はDNAレベルで刷り込まれている。武士から髷と刀からスーツとネクタイに変わった勤め人は、コロナ禍でとてつもない「経験」をしている。テレワークの良さと生活への影響と可能性を実感している。しかしそれだけではまだ変わらない。なんのためという「社会的必然性」が必要である。それを明確にしないといけない。


■コロナ禍後社会での新たな価値創造



コロナ禍後社会は、さらに大量高速「情報」時代となる。スマホはさらに社会を変えるという前提条件に立ち、情報を活用しなければいけない。コロナ禍後社会は「内なる障壁」を崩さないと、大切な情報が入ってきても、自らの情報とならなくなる。情報収集・情報受信しても、「内なる障壁」を乗り越えて受容・発酵して自らの情報として蓄積する。そしてその自らの情報を「分解・取捨選択・結合・組み替え・再構築」という価値創造プロセスを回す。そしてそのあと、日本的ものづくりの方程式が登場する。生まれてきたものに、意味づけ(精神性)をおこない、社会に問う。そして社会の反応に耳を傾けて試行錯誤、なんども精錬して磨いて洗練していく、そして多様化し展開していく。私たちの強みである「日本スタイル」を起動させる前の「情報プロセス」がこの30年、淀んでいたのだ。それを変える。それは、世阿弥が「風姿花伝」で示した「序破急」のプロセスともいえる。


(エネルギー・文化研究所 顧問 池永寛明)


〔日経新聞COMEMO 6月17日掲載分〕


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