ここは図書館ではない。書店である。立ち読みならぬ座り読み。パラパラと読んでいるのではない。貪るように本を読み切る。1冊読んだら、もう1冊読む。書店のいたるところで、子どもたちが競争しているかのように、本を読む。アジアのシリコンバレーといわれる中国深?の「世界最速」を象徴するかのような風景。こんな鋭い目の子どもたちを日本で見なくなった。コロナ禍前に見た中国深センの子どもたちは今、なにをしているのだろうか。
「こんなん、考えたけど、どないおもう?」
いつもその大阪の船場の経営者は一方的。突然電話がかかってきて、15分後に現れる。そして一所懸命、話をする。話しながら私の表情を凝視する。彼が日々活動する現場で思いついたビジネスアイディアの感触をさぐる。私は彼の「リトマス試験紙」の一人。ええやろ、あかんか…。2人で30分、1時間話をすると、「じゃ」と言って出ていく。京阪神で多種多様な数十店舗の店舗経営する彼は、コロナ禍でもたてつづけに店を開業し成功をおさめている。
コロナ禍の影響・お客さま・市場の動きを自らの店舗でつかみ、既存店を臨機応変に修正つつ、「コロナ禍の今だからこそ」と新たな店を次々とオープンさせ、たちまち繁盛店にしている。決して奇をてらったものではなく、他店にはない、お客さまが現在(いま)求めるモノ・コトを盛り込んだ店をつくりあげる。「自分が欲しいもの、食べたいもの、飲みたい店をつくる」ということはコロナ禍前からの彼の基本戦略であるが、時代時代の空気を感じ掴み読み経営してきた。コロナ禍の現在を生き残る戦略へと、臨機応変、縦横無尽に転じる。
「若い店長はすごいで。コロナ禍でも成功している秘訣は、スマホのなかにあるんや」と。彼がコロナ禍で再認識したのは「情報」戦略。新店オープンを新店長が自らのスマホのなかのお客さまへの発信が、コロナ禍のなかでも続々と新店に足を運ばせる。そしてご来店いただいたお客さまが新店での体験情報をSNSで発信するので、またその友達が来てくれる。お店に来ていただき、お客さまに撮ってもらいたいインスタ映えする「料理」と「場所」の姿を工夫しているので、お客さまはインスタにあげるので、またお客さまが増える。
うまくいく店とうまくいかない店のちがいは、お客さまの心をつかんでいるかどうかと、「情報」をどう使いきるかどうか。
その船場の経営者は過去から現在の流れから現在(いま)をつかみ、一歩先の未来の姿を描き、それを実現しうる人をさがして、その人に大胆に任せ、成功しつづけている。
「ワクチンができたら、中国の若者・ハイエンドのお客さまを日本にお連れします」
日経フォーラム世界経営者会議に登壇されたトリップドットコムCEOの孫潔氏の言葉は明快。お客さま視点で旅行前から旅行後の流れをつくり、世界で24時間・旅行予約ができる仕組みをつくり、世界中に4億人のお客さまがいる。
”ニセコのスキー場に行きたい。熱海の温泉につかりたい…”
トリップドットコムはどこに行くのかではなく、“どこでなにをしたらいいのか”を世界各国の写真と動画で提案して、お客さまの旅行企画からかかわる。デジタルトランスフォーメーション(DX)をどう進めていくのではなく、お客さまにご満足いただくため、お客さまが欲しい情報とはなにか、その情報を提供するために、DXなどの技術も含めて、企業としてなにができるのかを考え、すでに実行している。
つまり理論と実践がつながっている。流行りの経営用語を並べるというような理論家ではなく、理論を知ったうえで現場の空気をつかみつつ、コロナ禍後のステージに向けて今できることを実践している理論と実践をバランスさせている。
中国国内の旅行市場はコロナ禍前の8割に戻し、オンライントラベルをすでに積極的に展開している。そしてコロナ禍後の世界に向けて、着々と準備をしている。
「日本に行きたい」という声が多い、という。美しい日本に行きたい、温泉・スキー・日本食・優しいホスピタリティあふれる日本に行きたい。それに日本は近い。
ワクチンができたら、日本に行ける。コロナ禍後には海外旅行の「トラベルバブル」が起こる。そのための準備をしている。「日本からもどんどん美しい日本の写真・動画を私たちのサイトに送ってください。中国の人に日本を紹介します。」―― とにもかくにも前向き。コロナ禍後の姿を読んで準備を進めている。それも勘やコツではなく、理論に裏打ちされている。すごい。
現在はコロナ禍の最中である。しかし世界経営者会議に登壇したトリップドットコム孫潔CEOも日本電産の永守重信会長も、ニトリの似鳥昭雄会長も、楽天三木谷浩史会長もHIS沢田秀雄会長も、ネットフリックスのリード・ヘイスティングスCEOの言葉も、とても分かりやすい。現在をつかみ、未来像は明快。「なるほど」と共感させる力がある。しかしそれだけではない。
「いいものを安く」「EVを半額に」といった、「なりたいこと」「ありたいこと」をシンプルに標榜しても、現実は勝ち残れる人は少数、負ける人が多数の世界である。勝ち残る人・企業も負ける人・企業も掲げた信念やパーパスに大きく違いはない。信念やパーパスだけでは勝てない。「選択される人・企業、峻別される人・企業」と「そうでない人・企業」の差はなにか。
勝つ人は「奇跡的」な成功者かもしれない。しかしこれらフォーラムに登壇したり、取り上げられる人は、負けても構わないと「肝(はら)」が据わっている。
多数の敗者と奇跡的な成功者の違いは「負けたくないという一心」からでてくる創意工夫であり、「経験」からの学びでがあるかないだろうか。「オレは、私は、負けない」という信念は皆が持つものではない。人並みに生き、人並みに立ち回る人にはない。
「負けてもかまへん、だけど、わて、負けへんで」― これに戦略性と努力と偶然・ラッキーが絡み、生き残り、成功していこうとする心の連続体があるかどうかが、成功するか否かを分けるのではないだろうか。
コロナ禍とはなにかをつかみ、コロナ禍後の市場観・生活観・社会観を読み、そして自分の力で、自分の信念で、それに向かって突き進む。なによりも現場・現実主義で臨機応変に転じていく。コロナ対策後はすでに始まっている。すでに着々と準備をしている人・企業はいる。
(エネルギー・文化研究所 顧問 池永 寛明)
〔日経新聞社COMEMO 11月18日掲載分〕