こんにちは。エネルギー・文化研究所(CEL)の鈴木隆です。マーケティング・消費者行動・イノベーション・組織行動などについて研究しています。
表題の「マーケティングは役に立たない」というのは、研究を始めたばかりの頃、知人のベンチャー経営者から言われたことばです。他の経営者からも、同様の指摘を受けたことがあります。平成の30年、先進諸国のなかで日本だけが経済成長できませんでした。経済政策に問題があったにしても、総じてマーケティングは役に立たなかった、ということもできるでしょう。
マーケティングは、ほんとうに役に立たないのでしょうか。みずから起業した経験を踏まえながら研究してきたわたしの答えは、イエスでもありノーでもあります。
1.マーケティングで役に立つのは
まず、ノーすなわちマーケティングが役に立つのは、マーケティングならではの発想です。根本にあるのは、商品中心ではなく顧客中心に考える「マーケティング・コンセプト」です。教科書などでは当然のこととしてさらりとしか書かれていませんが、実際に顧客中心を徹底するのは容易ではありません。いろいろなところでマーケティングの講師をしてきましたが、演習になるともっぱら自社とその商品について議論されることがほとんどです。意識して顧客を主語にして議論することで、顧客中心の発想に矯正することができます。
2.マーケティングで役に立たないのは
次に、イエスすなわちマーケティングが役に立たないことが増えているのは、昭和の時代から通説とされてきたフレームワークの「STPマーケティング」です。市場を調査して共通する部分に分け(S=セグメンテーション)、そのうちで注力する部分を絞り込み(T=ターゲティング)、そこで競合他社と差別化する(P=ポジショニング)計画をきっちり立てて、それに合わせて打ち手の4P(商品、価格、流通、販促)を整合させて実行すればうまくいくとするものです。
すでにある市場で拡販するような連続的に変化し予測可能な状況では、STPマーケティングは有効です。しかし、まだない市場をこれから創り出していくような非連続で予測困難な状況では、STPマーケティングは有効ではありません。今後ますます後者の状況が増えていくでしょう。
21世紀に入り、熟達した起業家が実際に用いている論理である「エフェクチュエーション」の研究によって、市場の定義から始めるトップダウンのSTPマーケティングとは逆に、身近にできることからボトムアップで発想している実態が明らかにされました。シリコンバレーで生まれた起業手法の「リーン・スタートアップ」も、精緻な計画を立てるよりも現場で素早く実験することを重視するボトムアップの発想です。
そこで、トップダウンのSTPマーケティングが有効でないところを補完するボトムアップの「実践マーケティング」について研究し、予測しづらい実践の現場をとらえるレンズとなるモデルをつくり世に問うてきました。無意識・感情や間主観性・状況をも踏まえた行動モデルとその相互作用としての対話=学習モデルの2つからなる統合モデルです(『マーケティング戦略は、なぜ実行でつまずくのか』碩学舎、『御社の商品が売れない本当の理由』光文社新書)。
https://www.sekigakusha.com/publications/sousho
https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334043087
3.ふたたび経済成長を実現するために
企業が継続して発展するためには「両利きの経営」、すなわち既存の事業での知の深化とともに新規の事業での知の探索をバランスよく行うことが必要だとされています。平成の30年、日本の多くの企業は、既存の事業での知の深化にもっぱら注力し、新規の事業での知の探索を怠ってきたのではないでしょうか。平成で成長できなかったことをそのまま続けていても成長できないでしょう。新規の事業での知の探索に適した実践マーケティングをレンズとし、現場で顧客をとらえなおし実行することで、令和はふたたび経済成長を実現したいものです。そうなれば、「マーケティングは役に立つ!」と胸を張って言えるでしょう。