こんにちは。エネルギー・文化研究所の熊走(くまはしり)珠美です。私は研究所が発行する情報誌『CEL』の編集を担当しています。
今回は、3月1日に発行した最新号(132号)のご案内とともに、私が関西の春の風物詩である「イカナゴのくぎ煮」に初挑戦したエピソードもご紹介します。「なぜ、イカナゴ?」という声が聞こえてきそうですが、それは読んでからのお楽しみということで!
1.特集テーマは、「空き家・空き地とソーシャルデザイン」
今年度から年2回(3月/9月)の発行となった情報誌『CEL』。今回の特集テーマは、「空き家・空き地とソーシャルデザイン」です。皆さん、ご存知のとおり、日本では少子高齢化、人口減少、地域産業の衰退とともに、空き家・空き地が増え続け、深刻な社会問題となっています。一方で、地域では孤立を防いで緩やかに支え合うことのできる場や、社会的弱者も安心して働き暮らすことのできる住まいや施設が求められていますが、そこに、空き家・空き地を活用する事例が数多く生まれています。今回は、そうしたチャレンジングな実践をいくつか取材し、ご紹介しています。
■情報誌『CEL』132号(電子版でもお読みいただけます)
Vol.132「【特集】空き家・空き地とソーシャルデザイン」
2.132号の内容
特集は3本の事例紹介(インタビュー)、2本の論考(原稿の寄稿)、対談、書籍案内から構成されています。
事例紹介では、石川県の社会福祉法人佛子園理事長の雄谷良成氏、社会福祉法人豊中市社会福祉協議会事務局長の勝部麗子氏、神戸市の有限会社スタヂオ・カタリスト代表取締役の松原永季氏に、それぞれ、金沢や輪島、豊中市、神戸市長田区などで取り組んでおられる活動を中心にお話を伺いました。いずれも、社会課題解決を考えるうえで大きなヒントとなるものです。
論考では、東京大学大学院准教授の祐成保志氏に環境社会政策、追手門学院大学准教授の葛西リサ氏にシングルマザーの居住ニーズという観点で、空き家活用の可能性や課題についてご寄稿いただきました。
特集最後の対談では、大阪のNPO法人チュラキューブ代表理事の中川悠氏と、今回の特集担当であるCELの弘本由香里研究員がソーシャルビジネスの新たな展開や関係人口の価値など、地域の「すき間」の未来について熱く語り合いました。
特集に関するおすすめの10冊の本を紹介する「書籍案内」も毎回好評です。
後半は、過去の情報誌『CEL』を振り返るコーナー、3名の研究員による研究活動レポート、「未来ブラリ」「大阪の胃袋」「万博遺産」といった連載コーナーから成ります。前半の特集はページ数も多く、やや硬い内容ですが、連載コーナーは気軽に読んでいただける内容となっています。
特に、大阪の食に関するコラム「大阪の胃袋」は、読者アンケートでも好評の人気コーナーです。このコラムの執筆者である法政大学人間環境学部教授の湯澤規子氏は大阪で生まれた後、3歳で東京、千葉に引っ越されたのですが、祖父母やご両親の影響を受けた食環境により「大阪の胃袋」育ちを自負されていて、毎回、食にまつわる興味深く、かつ、示唆に富んだコラムを書いてくださいます。今回のタイトルは、「春を告げるイカナゴのくぎ煮 −大阪湾惣菜ものがたり」。毎年春になると関西の親戚から届く「イカナゴのくぎ煮」について、そのご親戚にイカナゴの炊き方について電話取材された内容も踏まえて、楽しいコラムにまとめられました。
大阪の胃袋 第7回 春を告げるイカナゴのくぎ煮 ー大阪湾惣菜ものがたり
3.イカナゴのくぎ煮を作ってみた
さて、ここからは、私の「イカナゴのくぎ煮」初挑戦の話になります。
「イカナゴのくぎ煮」は生のイカナゴの稚魚を醤油、砂糖、しょうがなどで甘辛く煮た佃煮で、瀬戸内海沿岸地域で古くから作られている郷土料理です。神戸が発祥の地と言われ、元々は漁業関係者の家庭で作られていた料理でしたが、1980年代以降、一般に広く知られるようになったそうです。
大阪府北部に住む私がその存在を知ったのは、今から約30年前、会社の同僚が、「神戸では春にこれを食べるんだよ」と、おすそ分けしてくれたのが最初です。その後、イカナゴはだんだん有名になり、私が住むまちでも、くぎ煮が買えるようになりました。いつからか、地元スーパーの店頭でも生のイカナゴが並ぶようになり、自宅で炊く人も増えたようですが、私はあくまでも「できたものを買って食べる」派。庶民的な食べ物というイメージでしたが、近年はイカナゴの不漁が続き、気軽に買うのを躊躇するような値段になってしまいました。そんな折り、今回の湯澤先生のコラムを読み、俄然、イカナゴへの興味がわいてきました。
3月に入り、無事に情報誌『CEL』132号を発行した直後、神戸に住む知人から読後の感想が送られてきましたが、そこには、「明日、3月4日はイカナゴ漁の解禁日なのでデパートに走ります」とありました。その2日後、たまたまお昼前に近所のスーパーの魚売り場で、店員さんが生のイカナゴを並べている場に遭遇しました。「これも何かの縁かも。私も自分で炊いてみようか」と思い、とは言え初めてで自信がないので、まずは500グラムのパックを手に取り、しょうがとざらめも購入して早速作ってみました。ネットのレシピを参考に、おそるおそるやってみたところ、1時間強で何とかそれらしいものが炊き上がりました。ただし、「沸騰した煮汁にパラパラとイカナゴを少しずつ入れる」「絶対に菜箸でかき混ぜない」「最後に鍋返しをする」「ザルにあげて一気に冷ます」といったポイントを押さえる必要があります。一番難しかったのは鍋返しで、私はヘラでイカナゴをそっと返しましたが、本当は鍋ごと上下をひっくり返さないといけないようです。
できあがったイカナゴを団扇であおぎ、つまんでみたところ、「ん?なかなかいけるのでは?」と自画自賛(笑)。出来立てのくぎ煮は柔らかく、家庭ならではの素朴な味に仕上がりました。同じ日にデパ地下で今年の新物のくぎ煮も2種類ほど購入したので、味比べしてみました。デパ地下のものは洗練された味、私が作ったものは素朴な味。それぞれに良さがあります。ただし、お店のものは100グラム千円以上、それに対して、生のイカナゴは1キロ4300円でしたので、家で炊く方がずっと安上がりです。
イカナゴをストウブの鍋で炊き、自作の山椒の実を入れてみました
さて、初めてイカナゴを炊いた私は、一度やってみたかった「レターパックでイカナゴを送る」にも挑戦しました。東京に住む娘に送るために郵便局に行くと、私の前に並んだ女性が大きなバッグから膨らんだレターパックを次々と取り出し始めました。まさに、イカナゴを送ろうとしている方だったのです。郵便局の職員さんも慣れたもので、「あ、イカナゴですね!」と笑顔で受け付けされていて、私の住むまちでもこのような光景が見られるほど、イカナゴのくぎ煮は生活に浸透していたのだと改めて驚きました。そして初心者の私は、そんなにたくさんのイカナゴを炊いて、知り合いに発送するその女性に畏敬の念を抱かずにはいられませんでした。
レターパックは翌日、無事、娘のもとに届き、「美味しかったよ」とメールがありました。少し自信をつけた私は、その2日後、今度は別の店で生のイカナゴを見つけました。値段は1キロ3700円と少し安くなっています。店員さんから、「大体11時頃に店頭に並ぶ」「天気が悪い日は船が出ない」「日曜日は漁が休み」「イカナゴはどんどん大きくなる」「今年の漁は来週には終わるだろう」など、色々教えてもらいました。ずっと関西に住んでいるのに、知らないことばかりです。すると年配の女性がやって来て、イカナゴの値段を見て、「高いなあ!」と話しかけてきます。「2日前はもっと高かったんですよ」と言うと、「でも、家で炊くと美味しいもんなあ」と言いながら去って行かれました。「大阪の胃袋」にも書かれていたように、ここ数年の不漁の前は、1キロ1000円ぐらいで売られていたようです。さて、2回目ですが、初回は焦がすのが心配でできなかった「煮汁がなくなるまで煮詰める」というのもやってみて、照りの良いくぎ煮を炊くことができました。
最後にイカナゴを炊いたのはその週末。土曜日のお昼、店頭で「今年はこれが最後」と言われたので値段を見ると、1キロ2580円になっていました。「最後だから安くした」という店員さんに、数名のおばさま方が、「いや、まだ高いわー!」と冷やかしていきます。初心者の私はこんなに安くなってうれしいのに、ベテランの先輩たちから見ると、とんでもない値段になってしまったようです。
3回目はかなり慣れて手際よく炊くことができましたが、同じ分量の調味料で炊いても、煮詰め方などで少しずつ味が変わることに奥の深さを感じました。こうして、皆さん、自分の好みの味を追求していくのでしょう。
今年の播磨灘のイカナゴ漁は3月17日に終漁となりました。14日間という短い期間に一斉につくる季節仕事。値段や味以上に、その価値を感じることができる貴重な体験でした。ぜひ来年も挑戦して、自分なりの味を見つけてみたいものです。
4.イカナゴがつなぐ人との縁
情報誌『CEL』は東京の平凡社さんに制作をお願いしています。制作の過程で、「大阪の胃袋」を担当した編集者の女性が、「いつか、手作りのイカナゴのくぎ煮を食べてみたい」とつぶやかれました。店頭で生のイカナゴを見たとき、その方の顔が頭に浮かび、「うまく炊けたら送ってあげよう」とひそかに思ったのでした。先週、仕事で上京する機会があったので自作のくぎ煮を持参したところ、大層喜んでもらえました。「イカナゴを初めて食べた」感想をメールでいただき、私も頑張って作ったかいがあったと胸をなでおろした次第です。
実は地元の友人たちにも配りましたが、特に感想メールなどは来ず。関西では大して珍しくないからなのか、それとも、味が今ひとつだったからなのか。前者であることを切に願います。
たかが、イカナゴ、されど、イカナゴ。単なる季節の風物詩にとどまらず、コミュニケーションツールの役割も担うとは・・・。そして、コラムのネタにも(笑)。イカナゴ、おそるべし!です。