第3話 そして世界をめざそう(後編)
こんにちは、エネルギー・文化研究所の岡田直樹です。
前編では、前2話の振り返りから、あえて海外にあるECOシステムを使うことなく、日本の女性が海外へ雄飛するためのECOシステムを国内に構築することが、今、求められているのではないかと提言した。シリコンバレー、ロンドン、イスラエルなど素晴らしいエコシステムがあるのに、今更日本でと思う人が多いだろう。しかし、女性を強力にサポートするエコシテムはまだどこにも完成していないようだ。
加えて何といっても日本の一番の強みは、題先進国であるということ。解決の提案一つ一つが世界に発信されれば、ムーブメントが起こせるはずだと確信している。
そこで、日本の優位性や徐々に整いつつある社会システムを見ながら、考えていきたい。
女性の起業を支えるECOシステムと言うと、「日本においては欧米の企業とは比較にならないほどのジェンダーギャップがあることが問題であり、その点が大きく改善されなければ、そもそも女性が夢を叶えるなど絵に描いた餅に過ぎない」という指摘が当然のようにあると思う。もちろん、日本と海外に大きな差があるのは間違いないが、その実態を見ると、ジェンダーギャップという面では、「壊れたはしご」や「ガラスの壁」などという言葉が、海外でも生き続けているという実態がある。
「壊れたはしご」:そもそも労働市場において男女比はほぼ半々なのに対し、エントリーレベルのマネジャー職に昇進する女性は少なく、さらにひとつキャリアの階段を上るごとにその女性比率は下がり続け、男女格差は拡大する構造となっている。
「ガラスの壁」 :女性の昇進や役員登用を阻む大きな障壁となっていると言われている。
ILO(国際労働機関)の調査によると、ほとんどの企業の女性管理職は人事、広報宣伝、総務などのサポートを主とする特定の職域に偏り、直接的に会社の損益に関わる事業部門・営業・経営戦略などの伝統的な職種のリーダーは依然として男性優位の構図から変わっていない。
※AMP 2020.11.29 より引用
その一端を知っていただくだめ、多くの人がジェンダーギャップの面で進んでいるはずだと期待するシリコンバレーの実情を女性の視点から、大木美代子氏にレポートしてもらた。大木氏は、日本IBMの後、シリコンバレーの様々なIT関連企業で事業開発の責任者を歴任し2013年に独立、コンサルティング会社Serendの代表として活躍中である。少し長いがお付き合いいただきたい。
[シリコンバレーにおけるジェンダーギャップに関する考察]
シリコンバレーでも、IT企業やスタートアップの世界でジェンダーギャップが解決すべき長年の課題のひとつとして立ちはだかっている。それには様々な要因が絡み合っているが、IT専門職の多いシリコンバレーならではの特異な理由として以下が挙げられる。
1. ジェンダーバイアスと固定概念:VC(ベンチャーキャピタル)の世界も長年男性優位が続いていたため、女性起業家が資金を得ようとした場合、男性より困難を伴う場合がある。これは投資側の偏見やVCの多様性の欠如などが起因している。
2. 人脈作りのハードル:起業にしても企業でキャリア構築するにしても、良質な人脈形成は極めて重要な役割を果たす。しかしながら、保守的な業界では「オールドボーイズクラブ」という俗語が表す通り歴史的に男性のみで形成された排他的なネットワークが出来上がっているケースも散見され、そこに女性が入り込むのは相当ハードルが高い場合がある。そのオールドボーイズクラブのシリコンバレー版が「ブロ・カルチャー」 ※1と呼ばれているものだ。当地は若い男性の比率が高いのだが、時にきわどいジョークを言い合いながら兄弟のように親しくする文化を指し、同質の人間が評価され出世につながっていく傾向がある。
3. ワークライフ・バランスの課題:起業家は言うまでもなく、シリコンバレーの多くのIT企業の社員も、非常に密度の高い業務に長時間コミットするケースが多い。結婚して小さい子供がいる場合などは、起業を思いとどまったり、勤務先の業務をあえて制限するなどの路線変更に踏み切るケースが特に女性側に多い傾向にある。
4. ロールモデルとメンターの不足:2の人脈作りのハードルとも関連するが、女性起業家の場合、先駆者の女性のロールモデルの絶対数がまだ十分とは言えず、適切なアドバイスやサポートの欠如が事業の成功をより困難なものにしている。
とは言え、IT企業やVC業界も手をこまねいているわけではなく、ジェンダーギャップを解消し、より包括的なエコシステム構築に向け地道な努力を続けている。筆者が見ても、VC業界でも女性のパートナー(VCにおいてジェネラルパートナー に次ぐ上位の役職)が近年相当増えてきており ※2、女性起業家や大手企業で活躍する女性も日本と比べると格段に多い※3。
また、資金を必要とする女性起業家に対して、従来のVCからの調達のほかに、政府からの助成金や、クラウドファンディングなど別のオプションも増えている。そして、ワークライフバランスに関しても、コロナ発生後男女共にリモートワークが増え、育児や家事も以前に比べてパートナー間でより分担し合うことも増えたと聞く。
ここまで指摘してきたような点があるにせよ、むろん日本と比べて米国全体での女性の社会進出は遥かに進んでいる。アメリカンエクスプレスの調査によると、およそ1300万の女性トップの個人事業があり、これは米国全体の企業数の42%にあたる。また、2020年以降、男性より女性の方が新規事業を始めたとのデータもある ※4。
ジェンダーギャップ解消、女性のエンパワーメントに近道はなく、これからも社会全体で、皆が当事者意識をもって地道に改善の努力を続けることが必要だろう。
※1.Bro Culture:Broとはブラザーを省略した言い方
※2.https://www.businessinsider.com/women-in-vc-became-partner-female-investors-2021?op=1
VCでパートナーになった女性は、起業で成功したアントレプレナー、VCにオペレーション職で入社後昇格になったケースが多い。
※3.女性起業家の比率が高いビジネスは、順にオンラインコマース、リテール、ヘルステック、教育、ファッション、ソーシャルビジネス・NPO。
※4.https://www.bizjournals.com/sanjose/news/2021/07/19/more-women-
than-men-are-starting-small-businesses.html
7/10/2023 Serend LLC
ファウンダー&プリンシパル 大木 美代子
本稿はシリコンバレーを分析することが目的ではないので、この程度に納めておくが、世界で最も進んでいるとされる同地にもやはり大きな課題があり、オールマイティーではないことがわかる。一方でMASTERCARDによる「INDEX OF WOMEN ENTREPRENEURS」やデル・テクノロジーズによる女性起業家を支える都市ランキングの調査結果「DWEN WE Cities Index」によると、アメリカやイスラエル、ニュージーランドなどが上位にあり、日本は下位20%にランクされている。シリコンバレーでさえこうした問題を残しているのに、そこと比べてはるか下位に日本があるということは推して知るべきで、わが国の女性たちが息苦しく感じるのも当然である。
ただ、見方を変えれば、シリコンバレーを筆頭にどの国においても、「女性起業家の聖地」は作られていないということも言える。そうであれば、今からでも日本が本気になることで、一番を取りに行けるのではないだろうか。それも日本流のやり方で、世界を驚かせる余地は十分にあると思う。
世界に開かれた日本独自のECOシステムを作ろう
「女性起業家の聖地」が無いなら、それにチャレンジしてはと考えるのは、まさしく「男性的」なのかもしれないが、前2回の話のなかで日本の女性の活躍とポテンシャルについては既に多くを語ってきた、その当然の延長として「聖地」をつくることは、けっして実現不可能な目標とは思えない。
そこで、英語圏をベースとして世界を目指すにあたり、日本のもつアドバンテージを整理してみたい。その際、日本らしく共に発展していく事を考えた場合、成長著しいアジアは外せない。
1.上場のハードルが低い
東証マザーズ上場に際して、各種の規定はあるものの、上場日における時価総額(上場に係る公募等の見込み価格×上場株式数)が10億円以上となる見込みがあることと、大変ハードルが低く、株主のベンチャーキャピタルの支配から早く逃れられる。これが意味するところは、株式会社にとって宿命ともいえる、性急な売上増、利益至上主義的な要求から解放されるということだ。上場まではキャピタルなどの株主からの要求に対して難しい合意が必用というハードルはあるにしろ、上場後は長期的視点の事業展開に精神的余裕をもって臨めるのは大きなメリットだろう。シリコンバレーでは、上場に至るケースが少なく、途中で売られてしまいM&Aされてしまう例が非常に多い。
2.成長著しいアジアの仲間がいる。
制度や宗教などが違いカントリーリスクは大きいものの、ASEAN(インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオス)に、日本、中国、韓国、オーストラリア及びニュージーランドを加えたRCEP(「Regional Comprehensive Economic Partnership Agreement」の頭文字をとった略称で「東アジア地域包括的経済連携」に訳される。)の枠組みを活用できる。枠外であるが台湾も当然ここに含まれてくる。発展途上国ではもともと男女共に働きものである。その努力の甲斐あって経済発展を遂げると共に女性の教育水準も大きく上がり、男性社会に割り込んでいく過渡期に入ってきているため、ここへきてジェンダーギャップに遭遇しつつある。そのこと自体、日本の女性起業家の課題意識とシンクロしやすいはずだ。
3.内部留保が厚くアジアに拠点をもつ大手企業群が多くある
日本では過去の経済成長に伴い、上昇する人件費の影響を受けて生産拠点やサービス拠点を移してきており、アジア各地に土地勘とビジネスネットワークがある。そうしたなかで、ソーシャルイノベーションに関するテーマは大手企業のビジネスとのシナジーもある。
4.急増するアジアからの外国人留学生、そして日本での就業
海外からの人材受け入れについて、見てみよう。
「日本政府は、2020年を目途に30万人の留学生受入れを目指す、「留学生30万人計画」を2008年に発表しました。それに伴い、日本への留学生は毎年増加傾向にあり、2008年には12万人だった留学生が2015年には20万人を突破、2016年にはおよそ24万人にのぼっております。」
「欧米の多くの国では、外国人留学生の卒業後の就労に対して制約が大きく、卒業後にその国で働くことができる人はごく少数と言えます。これに対して日本では、在留資格の変更により就労が可能です。」※JOB SEACH JAPAN 記事「急増している日本へやってくる外国人留学生 なぜ日本を選んだの?」より引用
「創業人材となる多様な外国人の受け入れ促進を図る国家戦略特区を認定する「外国人創業活動促進事業」を開始した。この事業は、地方自治体などが創業希望者の事業計画などから一定の要件を確認した場合、「経営・管理」の在留資格の基準を6カ月後までに満たす見込みがあれば、入国を認めるものである。2021年8月現在、東京都、神奈川県、京都府、新潟市、福岡市、北九州市、仙台市、愛知県、広島県、今治市の10自治体で認められている」。
※JETRO 地域・分析レポート 日本におけるスタートアップビザとは?(2021年11月12日)より引用
アジアからの留学生の受け入れと、日本での就業・創業に制度が整いつつあり、共に世界を目指す仲間が集まってきていると思う。
こうして眺めてみると、日本のもつ素質はなおも素晴らしく、特にアジアは日本女性がこれまでに格闘してきた多くの社会的課題と今まさに直面している点も追い風になる。
1. ミドルステージまではキャピタルに支えてもらえば後は独自の歩みができる。
2. 世界に踏み出す場合、アジアに対する優位性が国同士のアライアンスにより確立している。
3. さらに日本の先行進出大手企業とのアライアンスも可能。
4. 共にビジネスを立上げる仲間を日本に呼び込める制度、施策が徐々に整いつつある。
15年ほど昔になってしまうが、孫泰蔵さんと話す機会があり、今も忘れられないことがある。それは、「どんなサービスも、国内向けであろうと英語でつくってみる。それを日本国内向けには日本語でリリースするだけで世界が変わる」というお話だ。英語でつくるととてもシンプルになり、わかりやすくなるなどの効果の他、世界に向けてデモンストレーションができるからだと聞き、目から鱗が落ちる思いがした。このポイントに加え、現在では国境ははるかに軽々と飛び越えられるものになっている状況を合わせて考えると、あとはただ「女性起業家の聖地を目指す」という旗を立てるのみだろう。どんなに小さな旗だとしても、熱い想いに裏打ちされていれば、翻る旗はきっと多くの女性の目に留まり、そこから新しいムーブメントが世界に向かって始まるに違いない。日本に居ながらにして、世界を相手にビジネスを起こす女性たちが日本の未来を大きく変えていく、そんなうれしい予感がしてならない。