こんにちは。
エネルギー・文化研究所(CEL)の鈴木隆です。
今回は、市場調査の話です。
市場調査は、教科書などでは起業や商品開発の大前提とされています。ところが、「市場調査はしない」と公言する企業家が少なくありません。企業家というのは、新しく事業を起こす個人の起業家だけでなく、大企業で新たな商品を生み出す経営者も含みます。アップルのスティーブ・ジョブズ、ダイソンのジェームス・ダイソン、アマゾンのジェフ・ベゾス、ソニーの井深大・盛田昭夫、任天堂の山内溥などが、アンチ市場調査派として知られています。
こうした企業家はなぜ市場調査をしないのでしょうか。その理由について、市場調査が対象とする「商品」と「心理」の2つの視点からみていきましょう。
1.商品
まず、市場調査が対象とする「商品」から。
既存の商品あるいはその延長線上の商品は、具体的にどのようなものかわかるので、顧客に訊けばそれなりに有効な答えを得られるでしょう。
新規の商品とりわけこれまでにない商品は、具体的にどのようなものなのかわからないので、顧客に訊いても有効な答えは得られにくいでしょう。自動車王ヘンリー・フォードも、自動車が登場する前に顧客に何が欲しいか訊いても「もっと速い馬車が欲しい」との答えしか得られないと喝破しています。
2.心理
つぎに、市場調査が対象とする「心理」について。
意識した熟考(遅い思考、システム2ともよばれます)による内容について訊くのであれば、それなりに有効な答えを得られるでしょう。ただし、面倒なので適当に答えたり、体面を維持するために虚偽の回答をしたりすることもあるので注意が必要です。
無意識の直感(速い思考、システム1ともよばれます)による内容について訊くのであれば、有効な答えは得られにくいでしょう。本人も意識していない無意識について訊くわけですから。たとえそれらしい答えを得られたとしても、本人は意識することなく後付けで理由をよどみなく説明することが実験で明らかになっています(選択盲)。投影法などの精神分析的な手法を用いれば可能ですが、専門家の技能に依存します。対象とする顧客を観察して気づきを得て、実際に顧客に対して実験をしてみるのが実践的でしょう。
わたしたちは、無意識の直感で購買していることがほとんどで、ここぞというときにだけ意識して熟考したうえで購入しています。購買の動機も、意識のタテマエの裏には無意識のホンネが隠れています。無意識の直感、ホンネの動機をおさえなくては、本当のところはわかりません。こうした無意識のはたらきの詳細については、以下の拙著などを参照してください。
https://www.sekigakusha.com/publications/detail/series_15
■御社の商品が売れない本当の理由 (光文社新書)
https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334043087
3.まとめ
以上でみてきた「商品」と「心理」の2つを軸にすると、以下のマトリックス表にまとめることができます。〇△×は、市場調査の適用度合いの高低を表しています。
これまでにない商品でしかも無意識の直感やホンネの動機については、表で×とあるように顧客に訊いても有効な答えを得られないことから、企業家は教科書にあるような市場調査をしないのです。新しい市場は、調査によって発見するのではなく、観察や実験を通じて創造するものなのです。こうした考え方は、デザイン思考、リーンスタートアップ、エフェクチュエーションなど、最近の取り組みにも共通しています。