「歴史に学ぶエネルギー」をシリーズで考えてみたいと思います。前回は、アメリカで石油が発見された出来事をみてきました。それまで、荒野を馬で駆けめぐって西部を開拓していたアメリカですが、石油によって世界のトップとして君臨するための基盤が固められました。
1)奇妙なオークション
人類がはじめて石油を手にし、商業生産を開始してからまだ6年しか経っていない1865年のことです。日本でいえば、幕末の動乱期にあたります。
米オハイオ州クリーブランドにある小さな事務所の片隅で、奇妙なオークションがはじまりました。石油で成功した石油精製会社の共同経営者のふたりの意見のくい違いがもとで、会社をオークションして勝ったほうが会社の権利を握る、というものです。片方が会社を成長させる戦略を説く一方で、もうひとりは手堅い経営を主張しています。
「石油販売はまだまだ伸びる。このチャンスを活かして事業を早くもっと大きくしなければ、他社にやられて逆につぶされてしまう」
「設備投資には巨額の費用がかかる。今のままでも十分な収益が得られているのに、それだけのリスクを冒すわけにはいかない」
いつの時代にもある意見の相違です。どれだけ議論を重ねても、平行状態のままです。もはや、どちらかが会社を去るしか選択肢は残されていませんでした。
入札はわずか500ドルから開始されました。価格はすぐに吊りあがります。いきなり5,000ドルを越え、1万ドルも突破します。事務所に緊張が走ります。苦労して育てた会社を簡単に手放すわけにはいかない。提示額ははじめの100倍以上にまで膨れあがり、やがて7万ドルを越えました。
ふたりは一言の言葉すら交わさず、腕組みしながら眉間に皺をよせています。空気がピンと張りつめている。ふたりとも次の提示額をだせないまま、時間だけが過ぎていきます。ゴクリと唾を飲み込むその音さえ、事務所内に響きわたる気がしました。
やがて慎重派が意を決し7万2,000ドルを指した時、成長派が7万2,500ドルを静かに示したのです。
そこで勝負がつきました。
勝ったのは、26歳の若きロックフェラーです。彼曰く「私の生涯の成功のはじまり」と評したオークションのこの時が、まさしく最強のアメリカ帝国が誕生した瞬間となりました。石油を支配するものが世界を支配する時代へ突入したのです。
2)最強のアメリカ誕生!
ロックフェラーは背が高く痩せ型で、孤独が好きな無口なタイプ。そして、極端なまでに厳格な男でした。近づきがたい風情があり、会う人の心を見透かす鋭い眼をしていました。
ニューヨーク州で6人兄弟の二番目として生まれたジョン・D・ロックフェラーは、敬けんなクリスチャンの母親から厳しく育てられます。母のもとで聖書から日々の示唆を毎日受けていたジョンも真面目で勤勉、かつ倹約家でした。煙草も吸わず、生涯にわたっていかなるアルコールも口にしておりません。ロックフェラーは60歳になる前に会長職へ退き福祉事業に携わるようになりますが、彼の人生の基礎は母から受け継がれたものだったのでしょう。
暗算能力が極めて高く、電卓もない時代にその能力は生涯にわたって役にたちました。16歳の若きジョンは、石炭や穀物の卸売りをしているヒューイッド&タットル商会に会計士補として入社します。
鉄道輸送と船舶による運河輸送に関する商売の基礎を、自分の扱う数字を通して学んでいきます。数字の裏に隠された現場の情報や貯蔵・運送・販売といった業務の現実の姿を把握しようと、会計士として熱心に仕事に励みました。
26歳になったロックフェラーは、自身の活動領域を広げるために冒険します。惜しまれつつも卸売り会社を退社して、自分で商社を設立しました。この時にパートナーとなったのが、モーリス・クラークです。
彼らははじめ小麦や塩を売買していましたが、すぐに石油も手掛けるようになります。
会社があったクリーブランドとペンシルバニアのあいだに鉄道が敷かれたため、先見の明があるロックフェラーが石油精製所を設立させたのです。彼の心眼と分析力、そしてなによりもリスクを冒す勇気が、ふたりを成功へと導きました。会社の業績は順調に、右肩あがりで発展していきました。
しかし、共同経営するふたりの将来展望もリズムも、すべてが異なっていました。クラークは小心者であり、かたやロックフェラーは大胆で野心的。多くの議論を交わした末、クラークは脅しをかけます。共同事業を解消するか、ロックフェラーの資産を引きあげるか、判断を迫ったのです。
ロックフェラーはその言葉を文字どおり受けとり、競売を提案したというわけです。袂を分かつことになったクラークはその場で小切手を受け取らず、握手をして去っていきました。
ロックフェラーが単独で仕切ることになった石油会社は「スタンダード石油」と名付けられ、アメリカ国内の熾烈な競争に打ち勝ち、石油市場を完全に独占します。さらにはヨーロッパの市場にまで触手を伸ばし、最強となるアメリカをつくる基盤を固めていきます。次回は、このスタンダードがどうやって勝ち残り、そして強大になっていったのかをみてみましょう。
このコラムでは、エネルギーに関するさまざまなトリビア情報を、シリーズでお伝えしたいと考えています。次回をお楽しみに。