これまでのコラムで、アメリカで石油が発見され空前のオイルラッシュへと発展していった歴史を紐解いてきました。もちろん、石油が発見されたのはアメリカだけではありません。当時のロシアの状況もみておきましょう。
工事現場で使用されるダイナマイトを発明し、大富豪になった人物がノーベルです。
アルフレッド・ベルンハルド・ノーベル。彼の発明する能力や起業精神は家系譲りでした。父イマニュエルも水中機雷を発明しています。これにロシア政府が関心を抱いたのを機に、一家はスウェーデンからロシアのペテルブルグへ移住します。
父の会社は兵器の製造でますます大きく発展していきましたが、クリミア戦争の終結とともに需要がなくなり、経営破綻します。次男のルドヴィックが父のあとを継いで、新会社を設立しました。
四男だったアルフレッドは両親とともにスウェーデンに戻り、研究に没頭するようになります。当時、工事現場などで使用されていたニトログリセリンは、少しの振動で爆発するとても危険なものでした。実際、アルフレッドも弟のエミールを爆薬事故で亡くしています。
そこで、ニトロを珪藻土と混ぜて粘土状にすることで、安心して使うことができるダイナマイトを発明するのです。こうしてアルフレッドは世界有数の大富豪の仲間入りを果たします。
ところが、ダイナマイトは扱いやすいというメリットのために戦争の武器として流通します。
父の会社も兵器製造をしていたこともあり、アルフレッドは「死の商人」というレッテルを貼られることになります。心を痛めたアルフレッドは、遺言により莫大な財産を利用して人類の平和に貢献するための財団を創設します。そうして、国籍の差別なく受賞できるノーベル賞が創設されました。
2)バクー油田とノーベル一家
話は、ノーベル兄弟の長兄ロバートにうつります。
ロバートには特段の商才もなく、立ちあげたビジネスもすべて失敗しています。彼はペテルブルグに帰り、弟ルドヴィックの経営する軍事工場のもとでしぶしぶ働いていました。そんなとき、ロシア政府むけのライフル銃にクルミの木が必要になり、ロバートがバクーに派遣されることになりました。
バクーは世界最大の湖であるカスピ海西岸にある港町で、現在はアゼルバイジャンの首都になっています。バクーとはペルシャ語で「風の街」を意味します。この日、ロバートが風の街バクーを訪ねたことが、世界の歴史を変えることにつながったのです。
ロバートはバクーに到着すると、そこで発見された石油に偶然出会ってしまったのです。はじめて見る石油に魅入られてしまったロバートは、驚くことに、クルミの木を買うはずの2万5,000ルーブルを流用して、勝手に製油所を手に入れてしまったのです。
ロバートの言い分は単純でした。
「俺は長男だ。文句あるか」
こうしてノーベル一家は突然、石油ビジネスに参入することになったのです。
しかし、ノーベル一家の凄さは並外れていました。
それからというもの、弟ルドヴィックは石油産業の可能性を研究し、新規事業を自ら指揮しはじめたのです。購入した製油所を最新鋭式に近代化し、効率化を推進しました。
現代のタンカーにもつながる船の構造改革も実現させて、ゾロアスター号と名づけます。それまで木樽で運んでいた石油ですが、船底にタンクを設けた構造を考案し、輸送の分野で革命を起こします。
彼は地質の専門家も雇い、会社そのものを高度に組織化させました。近代化をつぎつぎと実現させることで、石油産業を利益がでるビジネスへ育てあげたのです。そうして数年のうちに、ルドヴィックは「バクーの石油王」と呼ばれるまでになりました。
バクー油田は今でも大量の石油が噴出し、アゼルバイジャンの重要な輸出物資になっています。そのため現代でも、ロシアと欧米諸国のあいだで紛争の火種を抱えてしまうことになるのです。
バクーから黒海へのパイプラインの敷設ルートをめぐった争いも絶えません。のちにバクーからグルジアの首都トビリシを通過して、黒海沿岸にあるトルコのジェイハンまで石油を輸送する長距離石油パイプラインが敷設されます。通過する都市の頭文字をとって、BTCパイプラインと呼ばれています。
このパイプライン建設を巡ってはロシアと西側諸国が激しく攻防し、ロシアの隙を狙って西側諸国が敷設を強行した経緯があります。そうした歴史が、ロシアによるグルジア侵攻の要因のひとつとなっています。
ワイン発祥の地ともいわれる牧歌的な国土と歴史を有するグルジアですが、現在ではロシア読みのグルジアから英語読みのジョージアに変えています。
ちなみにジョージアのワイン造りは、大きな甕に潰したぶどうを入れて自然発酵させる伝統製法が有名です。近年では、赤ワインと同じように白ブドウを果皮と種ごと浸漬するオレンジワインが見直され、ジョージアの大切な外貨獲得商品となっています。
話をバクーに戻します。やがて、ロシア産の石油がアメリカ産と肩を並べるまで成長するようになると、バクー産石油を世界へ運ぼうと画策する人物が現れます。
ヨーロッパの金融市場を牛耳っているロスチャイルド家のアルフォンス男爵です。立派な口髭を蓄えた彼は巨額の資金を提供し、バクーからバツームへの鉄道を敷設します。黒海に面する小さな港町だったバツームですが、ここが世界でもっとも重要な石油積みだし港となりました。こうしてロスチャイルド家がロシア産石油を支配することになりました。
ノーベル・ブラザーズもすぐにそのあとを追い、ロシア産石油が世界の熾烈な闘いのなかに突入していくことになるのです。
このコラムでは、エネルギーに関するさまざまなトリビア情報を、シリーズでお伝えしたいと考えています。次回をお楽しみに。