こんにちは。エネルギー・文化研究所の栗本智代です。
私は、関西・大阪の活性化のため、まちの歴史や文化を掘り起こし、語りと映像、音楽の生演奏などをまじえた独自の演出により、わかりやすく楽しく紹介する「語りべシアター」という公演活動を展開しています。
今回は、先月大阪で実施された、「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪2023」の公式プログラムとして、「大阪ガスビルを設計した建築家、安井武雄」に焦点を当てて開催した公演について、ご紹介いたします。(上の写真は、今回の公演の模様)
※「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪」(通称イケフェス大阪)とは、大阪のまちを1つの大きなミュージアムと捉え、そこに存在する'生きた建築'を通して見えてくる、多様で豊かな都市の物語性を大阪の新しい魅力として創造・発信しようとする取組みです。2013年度から実証実験を経て立ち上がり、今年は10回目として、10月28日、29日に開催されました。
1.大阪ガスビルディング
私の職場であり、大阪ガスグループの自社ビルである、「大阪ガスビルディング」(通称ガスビル)は、大阪、船場界隈のモダン建築の中でも代表的なものの1つとして、メディアでも度々紹介されています。1933年(昭和8年)竣工。設計者である安井武雄氏の仕事の集大成と評されており、さらに、1966年(昭和41年)に、安井建築設計事務所の佐野正一氏により増築された北館もあわせて、高く評価されています。
建築について、ほとんど専門的な勉強をしてこなかった私でも、ガスビル外観や1階のエレベーターホールなどを見ると、近代的でおしゃれな雰囲気だなあ、と感じさせられます。しかし、設計者がどのような思いで手掛けたのか、またなぜ、そこまで高い評価を得ているのかぜひ知りたい、と同時に、多くの人に知ってほしいと考え、設計者である安井武雄に焦点を当てながら調べ、1つの物語として「語りべシアター」の形式で公演を開催することにしました。
大阪ガスビルディング外観
2.安井武雄氏とガスビルについて
ガスビルを設計したのは、“安井武雄”という人物です。関西を中心に活躍した建築家なのですが、一般にはそんなに有名ではないのかもしれません。また、同氏に関して、まとまった資料文献は数多くはなかったのですが、『自由様式への道 建築家安井武雄伝』(山口廣著1984年発行)という1冊に、かなり詳細に記されており、これをベースに調査を進めました。同時に、安井武雄氏が立ち上げ今も続いている安井建築設計事務所様にも、資料や情報の提供にご協力いただきました。
さて、安井武雄氏とは、どのような人物だったのでしょう。その経歴を簡単にまとめますと以下のようになります。
安井武雄氏(株式会社安井建築設計事務所蔵)
1884年(明治17)、千葉で軍人の家に生まれますが、東京帝国大学工科大学建築学科に進みます。卒業後10年間の南満洲鉄道勤務を経て、1919年(大正8)、大阪の片岡安建築事務所へ入ります。大学在学中から非常に優秀で、とにかく既存の様式のまねをするのを嫌い、就職後、独自の境地から生まれたデザインが評判を呼びました。
片岡安建築事務所に在職時、北船場の「大阪倶楽部(2代目)」の設計を担当し、それが本格的な大阪デビューとなります。「南欧風の様式に東洋風の手法を加味せるもの」と自身で表現していますが、どのような様式にもおさまらないデザインを完成させ、同年に独立、安井設計建築事務所を立ち上げました。
その仕事ぶりを高く評価した、新進気鋭の実業家、野村徳七による指名や紹介で、野村証券や野村銀行他のビルを多数設計します。安井氏はいつも、その土地でしかできない作品とはどのようなものか、苦悩し摸索を続けていたといいます。そして、1933年(昭和8)、大阪ガスビルディング(以降ガスビル)を完成させます。
竣工時の大阪ガスビル(大阪ガス株式会社蔵)
ガスビルは、“市民に親しまれ、ビジネスセンターとして、また地区発展のシンボルとしたい”という施主の思いを反映して、緩やかで独特な曲線、白いタイル張りと黒い花崗石の対比など、まるで豪華客船が舞い降りたかのような印象を人々に与え、「白哲の巨人」と形容されました。安井氏は「ガスビルは、使用目的および構造における自由様式である」と宣言しており、本当の意味で、これまでの型にとらわれることなく自由に発想し設計することができたと感じていたと想像できます。
当時のガスビルは、オフィスとして使用していたのは2フロアで、残りは、喫茶室や美容室、講習場や食堂と、一般に開放されたスペースで、“ガスがもたらす新しい生活と文化の発信基地”として、人々に愛されていました。
喫茶室の様子
戦後、安井武雄氏が亡くなった後も、安井建築設計事務所は継続し、1966年(昭和41)、大阪ガスビル新館(北館)の増築が佐野正一氏により行われ、高い評価を受けました。今日まで主にオフィスとして活用され、8Fのガスビル食堂は、竣工時の雰囲気やメニューを大切に守りながら営業を続けています。
1966年 ガスビル全景 (大阪ガス株式会社蔵)
建築史が専門の大阪公立大学の倉方俊輔教授によると、「安井武雄は、社会の共通理解がある様式を駆使せずに、その作品と実力を社会に認めさせており、特にガスビルは、ひとつの様式におさまらない折衷性と素材を活かす塩梅が絶妙。歩行者や使い手とコミュニケーションをとれる設計で、望まれた機能や役割も果たしている、まさに生きた建築である」と評価されています。
現在もお客さまが絶えないガスビル食堂
3.「語りべシアター」形式による上演
安井武雄とその作品について、より理解を深めていただくため、上記の話を主軸に、さまざまなエピソードや資料、描き起こしのイラストをまじえて、電気紙芝居的にパワーポイント画面と台本を作成しました。イラストは、以前より何回かお世話になってきた、チャンキー松本さんに依頼し、私が描いた下絵イメージをもとに作画いただきました。音楽は、ピアノ、ヴァイオリンにくわえ、今回は尺八奏者の方に参画いただき、和洋折衷の、まさに安井武雄的なコラボが実現しました。
好評であった、音楽家とのコラボレーション
さらに今回は、安井武雄という建築家に親近感を持ってほしいと、役者さんに演じていただきました。安井武雄という人物については、非常に真面目で、仲間とわいわい騒ぐことも声を荒げることもあまりない、わが道をいく固い理系タイプのキャラクターだと想像していましたが、それでは、なかなかお客さまには伝わりにくいので、少しアレンジしてわかりやすく演劇的に台詞をつくりました。安井武雄役を依頼した石原正一さんは、いかにも関西人らしい柔らかい雰囲気の方だったので、「大阪弁は抑えめに、スマートでクールな雰囲気で」とリクエストして、仕上げていただきました。
安井武雄役によるモノローグのシーン
上演時間については、「イケフェス大阪」の2日間限定のイベントの中で、他にも多くの建築物を見て回りたいお客さまが多いため、できるだけ短く、何とか35分〜40分に収めるようにしました。
当日は、2回公演を行い、実際に、約200名近くの方にお越しいただきました。もともと、語りべシアターに興味をお持ちの方もいらっしゃいましたが、ほとんどが初めてという方でした。公式ガイドブックやホームページ、チラシでのご案内ではなかなか公演のイメージが伝わらないのが悩みでしたが、アンケートでは「初めて見たが、想像していたよりずっと良かった」「安井武雄やガスビルなどよく分かった」「語りと音楽とお芝居のコラボレーションが素晴らしい」「イケフェスに良いプログラムだと思った」「他の作品もまた見てみたい」「未来のガスビルが楽しみだ」などの声がありました。ガスビルの中で上演できたことも効果的でした。
制作にあたり、台本をすべてチェックしてくださった、安井建築設計事務所社長の佐野吉彦様も御覧いただき、「胸にぐっと迫ってくるシーンもあり、感動しました」と感想をいただけたのが、非常にうれしかったです。
来年は、大阪倶楽部(2代目)の創立100周年であり、安井建築設計事務所も創立100周年を迎えるということです。またこの作品も、よりブラッシュアップして再演を計画したいと考えております。
☆「語りべシアター」ホームページより 活動概要
https://www.og-cel.jp/project/narrators/way/index.html
☆ YouTube「語りべシアターチャンネル」URL
https://www.youtube.com/channel/UComUjrdoe88deEMWZLfc-Lg