こんにちは。エネルギー・文化研究所の前田章雄です。
アメリカやロシアで石油が発見され、石油のもつ可能性に気づいた欧米諸国。まだ中東で石油が発見されていない時代でしたが、それでも微かに香る利権の匂いに群がりだし、国の威信を賭けた戦いがはじまろうとしています。この時代を大雑把にでも理解しておかなければ、現代の世界情勢を把握することが難しくなるため、キチンとおさえておきたいと思います。
1)ロヤルダッチの誕生
巨大石油企業にロイヤルダッチ・シェルという会社があります。もともとは、シェルとロイヤルダッチという二つの会社でしたが、のちに合併します。
シェルは、イギリス系ユダヤ人のマーカスが興した会社です。一方のロイヤルダッチは、その名のとおりオランダ系の会社です。今回は、後者を中心にお話します。
ロイヤルダッチは、オランダ領スマトラで油田を開発するために蘭東インド会社の内部に設立された子会社です。インド諸島総督の一族である貿易商たち、すなわちオランダ貴族であった彼らは、ロイヤルダッチ・ペトロリアム、つまりオランダ王室石油と名づけました。
ロイヤルと自称するものの、実態はインド諸島のジャングルを自ら切り開いた開拓者集団です。暑さ、湿度、疫病と闘いながら石油掘削を実現させました。社長のケスラーも開拓者の一員であり、会社は小さいながらも生き馬の目を抜くしたたかさも兼ね備えていました。
一族出身ではありませんが、のちにロイヤルダッチを率いるアンリ・デタージングはアムステルダムに生まれ、幼少期は裕福な家庭で育てられました。しかし彼は、船長であった父親を6歳で亡くしています。多感な少年時代に、上流家庭が貧困におちいっていく厳しさを一身に味わいました。
不遇に育ったデタージング少年ですが、学校ではある特殊な才能が抜きんでていました。ロックフェラーと同じく、暗算がとても得意でした。小柄ながら運動も好み、つねに大口をあけて笑う精力的なエネルギッシュな男でもありました。ビジネスを嗅ぎつける生粋の商人魂が、幼い頃から彼の中に宿っていたのですね。
デタージングは学校を卒業するとアムステルダムで銀行員になり、会計と金融の業務を会得します。歳は16の時でした。
現在のオランダ銀行であるトゥウェンチェ銀行に入行した彼は、数字のもつ経済的な意味を理解する並外れた才能を示します。オランダ貿易会社の選抜試験にも合格し、蘭領東インド担当ポストに就任しました。
ロイヤルダッチが運転資金不足におちいった時、在庫の灯油を担保にして融資を実現させるというウルトラ技で危機を救うことになります。ロイヤルダッチのケスラー社長は若きデタージングの想像力とバイタリティを高く評価し、ヘッドハンティングして自社に誘い込みました。
こうしてデタージングはロイヤルダッチへ移籍し、国際オイルマンになる壮大な野心をもつことになるのです。歴史は才能ある人間を一銀行員に終わらせなかった、ということなのでしょう。
2)団結は力なり
デタージングのおかげで事業を急回復したロイヤルダッチですが、その直後にケスラーの急死という形で新たな試練に直面します。ケスラーのあと、社長業を引き継いだのは、もちろんデタージングです。
彼の持論は「団結は力なり」でした。石油会社の団結こそがスタンダード石油から守るゆいいつの道と考えていました。彼が団結を目指すようになる背景には、ヨーロッパの石油市場に対するスタンダード石油による猛攻撃もありますが、当時の世界情勢も大いに関係しています。
植民地の争奪をめぐり、各国が軍備増強にまい進していた時代。列強諸国は一刻も早くあらたな支配地域を拡大し、石油利権を獲得しなければなりません。世界最強と評されたスペインのアルマダ艦隊を破ったイギリス海軍ですが、この英艦隊も燃料には石炭を使用していました。
蒸気機関で動く船舶は、燃料である石炭をボイラで燃やして蒸気を発生させ、その蒸気の力を外輪やプロペラの回転へ変換しています。これがイギリスの産業革命で発明された蒸気機関の構造です。しかし、大量の固形物を船に積み込んで固形物のままボイラへ供給しなければなりません。
一方、アメリカで石油を利用した内燃機関が発明されます。内燃機関とは、簡単にいえば自動車やバイクのエンジン構造のことですが、フォードが自動車を大量生産することで一気に普及しました。船舶にエンジンを利用するには、かなりの大型化が必要になりますが、そうした技術が開花したのもこの時代です。内燃機関をもちいれば、機動性において格段の差が生じます。停止状態の船を即座に稼働させたり、すばやく加速減速したりといった臨機応変な対応が容易になるのです。また、高速性も格段に向上します。こういった機動性や高速性の差は、近代の戦闘においてはもっとも重視すべき性能です。
石油が軍事の分野と結びつく、すなわち固形の石炭から液体の石油への転換は、軍事設備の性能に一大革命を起こすことになることは想像に難くありません。
混迷の世界では、吹けば飛ぶような小さな会社が生き残るには団結しかなかったのです。食うか食われるかの弱肉強食の時代では、現状維持は即、食われることを意味します。一日でも早く企業規模を大きくし、同業他社の攻勢に備えるばかりでなく、軍隊をもつ国家という名の野蛮な暴力組織の言いなりにならないよう体力をつけるしか、身を守る術はありませんでした。
もちろん、これから第一次世界大戦を迎えることになろうとは、列強の誰もがまだ頭に描いていなかったでしょう。また、団結を考える経営者も多くいたことでしょう。しかし、その事実を口にして実行に移したのは、先見の明と実行力がともなったデタージングただひとりでした。
このコラムでは、エネルギーに関するさまざまなトリビア情報を、シリーズでお伝えしたいと考えています。次回をお楽しみに。