「歴史に学ぶエネルギー」をシリーズで考えてみたいと思います。今回は、ミャンマーが発祥の石油会社のおはなしです。この吹けば飛ぶような小さな会社が、中東の歴史を混迷の渦に引き込むきっかけとなり、のちには世界大戦のゆくえを左右し、世界有数の巨大企業へと成長するのです。
1)ミャンマー発祥の石油会社
ミャンマーは、昔はビルマと呼ばれていました。ビルマといえば、児童向け小説『ビルマの竪琴』が有名ですね。
第二次世界大戦でビルマに攻め込んだ日本軍ですが、日本が敗戦した事実を知らずに玉砕覚悟で戦い続けています。説得の使者として水島上等兵が赴くのですが、彼はそのまま消息を絶ってしまいました。ある時、水島そっくりのビルマ僧に出会います。現地の老婆にお願いして、日本語を覚えさせたオウムをビルマ僧に渡してもらいました。
「オーイ、ミズシマ。イッショニ、ニッポンヘ、カエロー」
老婆は、ビルマ僧から一通の手紙を託されます。楽才があり、ビルマの民族楽器である竪琴もうまかった水島は、現地の人から位の高い僧として認められていました。日本兵士たちの壮絶な最期を見た水島は現地に残ってビルマ僧として弔い続ける道を選択した、というお話でした。
「地獄の行軍」と後世まで語り継がれるインパール作戦など、過酷な戦場と化したビルマ。日本軍はなぜ、ビルマに攻めいったのでしょうか?
中国の蒋介石への補給路を断つという目的もありましたが、もっとも大きな使命はすでにある油田の奪取でした。当時のビルマには、イギリスが開発した油田があったのです。石油を求めて満州へ侵攻したけれど、のちに開発された大慶(ターチン)油田を日本軍が見つけることがありませんでした。仕方がなく、南方へ侵略して油田を収奪する戦略へ方向転換するのです。
ビクトリア女王時代、ビルマは英インド領の属地に併合されていました。1886年、今のスリランカであるセイロンとの貿易で成功したデイビット・カーギルが、ビルマの石油開発に乗りだします。これが、バーマ石油です。
当時は、ビルマ Burma の綴りに h がついてBurmah となっていました。日本語訳ではビルマ石油となりますが、英語の発音通り、ここではバーマ石油と呼びます。
ビルマからインドへ細々と石油を供給していたバーマ石油ですが、イギリス国防省にとって、ゆいいつのイギリス由来の石油会社でした。当時のイギリスは、植民地広しといえども石油が出るのはビルマだけでした。もちろん、大した量でもありません。
一方で石油の大産地はアメリカとロシアのバクー、オランダ領スマトラ島とすべて外国勢力下にある地域ばかりです。イギリスの命綱を、これら外国勢力にゆだねるわけにはいかなかったのです。
そこでバーマ石油に触手を動かしたのは、政界の若きプリンスとうたわれ、のちに帝国海軍省長官となるウィンストン・チャーチルでした。
2)イランでもはじまる石油の掘削
現在のイランであるペルシャでも、石油掘削がはじまりました。中東で初となる大規模な石油開発です。
1908年、オーストラリア人のウィリアム・デアーキーが名乗りをあげました。しかし、採掘資金が足りなくなり、油田の開発が暗礁に乗りあげてしまいます。彼を財政的にバックアップしたのが、スコットランド資本の小さな会社だったバーマ石油でした。
もちろん、裏で手を引いたのがチャーチルです。イギリス海軍本部はバーマ石油と石油の長期買付契約を締結するや、ペルシャの石油権益の話をもちかけます。すると、すぐさまデアーキーとバーマ石油はアングロ・ペルシャ石油会社を設立します。裏で資金を供出しているのは、当然、チャーチル率いるイギリス海軍です。
ここにきて、ようやくイギリス国の資本がはいった石油会社が誕生したのです。
しかし、千三つ(千個の井戸を掘って三つ当たればよい)ともいわれる石油掘削です。ペルシャの油田開発も、そう簡単に話は進みませんでした。
デアーキーは掘削技術者のジョージ・レイノルズをペルシャに呼びよせ試掘をはじめましたが、油の兆候は現れないままです。試掘場所も乾燥した南西部へ変えてみますが、ここでも石油は出ませんでした。資金も底を尽きかけています。
最後の挑戦として、拝火教寺院の近くへ移しました。そこは地元のバフティヤル族の支配する地域であり、荒れ果てた危険な場所でもありました。しかし、そこでも一滴も出ませんでした。
やがて、バーマ石油本社から掘削中止の書簡が1908年5月14日の日付で送られます。その書簡は数週間かけて届けられたのですが、そのあいだに現地の状況は激変していました。ここで、ペンシルバニアのドレーク大佐と同じことが起こったのです。
油井からいきなり石油が噴出し、15メートルの高さに達しました。絶対に諦めない不屈の闘志が、紙一重のタイミングをすり抜けたのです。
こうして、極東の小さなバーマ石油がアングロ・ペルシャ石油となり、やがては世界有数の巨大石油会社ブリティッシュ・ペトロリアム(BP)へと発展していくことになりますが、その話はもう少し先になります。
このコラムでは、エネルギーに関するさまざまなトリビア情報を、シリーズでお伝えしたいと考えています。次回をお楽しみに。