「歴史に学ぶエネルギー」をシリーズで考えています。第一次世界大戦で戦勝国となった欧米列強の企業連合が、中東の石油利権を分け合う書面を締結しました。しかし、運用面においては、互いに熾烈な競争が繰り広げられようとしています。
1)米系メジャーがもつ遺伝子とは?
中東の石油利権を分け合う妥協案は完成したものの、実際の運営はうまくいきませんでした。
じつはアメリカのメジャー連合には、できるだけ早く、できるだけ大量に石油を地下から汲みだそうとする遺伝子があります。それもそのはず、アメリカ国内ではロックフェラーの時代から他社を蹴落としながら事業を拡大してきた歴史があり、市場を独占したスタンダード石油やテキサスで大きく成長したガルフは、その遺伝子をもったまま海外へ進出したからです。
戦前のオスマントルコのように、協議して仲良く分け合ってきたヨーロッパ勢と足並みがそろうはずもありません。
アメリカのあとを追って、イギリスやフランス、そしてオランダまでもが同じように参戦し、熾烈な開発競争に発展すれば、個人のガルベンキャンの利権など一瞬で吹き飛んでしまいます。タフ・ネゴシエータのガルベンキャンの音頭で、ふたたび協議の場が設定されたのはいうまでもありません。
アメリカははじめ、たったひとりのアルメニア人の意見など無視していました。しかし、ガルベンキャンは「法廷にもち込む」と脅しにかかり、やむなく屈することになります。法廷闘争になれば、審議しているあいだはあらたな開発に取りかかれなくなるからです。
会議は場所を変えながらも紛糾を重ねましたが、ベルギーのオステンデでようやく最終決着をみせることになります。「旧オスマントルコ領内における新規開発には、全メンバーの同意が必要」ということが全会一致で確認されたのです。
ここで、あらたな問題が生じました。
旧オスマントルコといっても、その境界線がどこなのか、誰も明確に指定することができなかったのです。各社代表とも互いに腹のうちを探りながら、虎視眈々と地図に視線を投げているだけでした。
もちろん、こうした状況はガルベンキャンが描いたストーリー通りだったことでしょう。
2)ガルベンキャンが引いた赤線
各国の企業代表が眉間にしわを寄せながら腕組みをしているなか、ガルベンキャンが突然、みんなの前にでて赤いペンを取りだしたのです。そして、いきなり地図に国境線を引きはじめました。
「これが本来の国境線である」
参加者の全員が唖然とするなか、ガルベンキャンは続けます。
「私はここオスマントルコで生まれ育ち、ここで働いてきた。私以上にこの国について詳しい人がいたら、どうぞ線を引き直してくれ」
じつは、各国の思惑とおりの地域が赤い枠の中に収められており、満場一致で了承されたのです。
英仏蘭ともに自分たちが主張している領地が確保されており、アメリカ連合も納得しました。アメリカのガルフがすでに開発を手がけていたクウェートも、きちんと対象外となっていました。
さすがのガルベンキャンと言いたいのですが、イランとイラクの間やトルコなどの中東の国境がここで決まったのです。遊牧しながら諸国を回っていた民族を分断する位置に、あらたな国境線が引かれてしまいました。
エネルギー史では、この時の合意結果を文字とおり「レッド・ライン・クローズ」、日本語訳で「赤線協定」あるいは「赤線条項」と呼んでいます。この赤線協定は、競争を制限する自粛を取り決めた史上初の国際カルテルとなりました。
ちなみに赤線が引かれた影響で、遊牧民であったクルド民族が完全に分断されてしまいます。クルド人は「国をもたない民族」とも呼ばれていますが、トルコとイラク、イラン、シリア、アルメニアに分断されてしまったのです。独立運動が盛んになってしまったため、とくにトルコはクルド人の居住を認めておらず、いまだ紛争が絶えません。
のちに過激派組織イスラム国(ISIS)が勢力を拡大した際に彼らと戦い、崩壊へと追いやった功績が大きいクルド人ですが、独立した民族としての自治は認めてもらえないまま今にいたっています。
赤線協定がもたらした歴史の負の遺産ともいえるでしょう。
この赤線協定によって、第一次世界大戦の敗戦国ドイツとトルコが完全に除外されました。そのために戦争をしたわけですから、当然の結果でしょう。
イギリスは当初、ドイツと組んでオスマントルコの石油利権を獲得したのですが、大戦でドイツが降伏するや、ドイツの持ち分を与える条件でフランスを味方に引き入れていました。また、イギリスの軍事費の大半をアメリカがモルガン商会を通じて送り込んでいたため、大戦中に消費された石油もアメリカが供給していました。
こうしてアメリカの大資本企業群が中東に参画することになったのです。これが、赤線協定がもたらした最大の結果でした。
第一次世界大戦の背景には、このように石油が影でうごめいていたのです。
このコラムでは、エネルギーに関するさまざまなトリビア情報を、シリーズでお伝えしたいと考えています。次回をお楽しみに。