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2024年08月23日 by 前田 章雄

【歴史に学ぶエネルギー】40.世紀の大事業「天然ガス転換」

「歴史に学ぶエネルギー」をシリーズで考えています。1960年代になると、天然ガスを輸送する技術が発展してきました。やがて、パイプラインでの大量長距離輸送に加えて、天然ガスを冷却して液化することで体積を縮小し、タンカーで海上輸送ができるようになりました。

 

1)ハードルが高い天然ガス転換

石炭や石油を加工してつくられていた都市ガスの原料を、環境にやさしいクリーンな天然ガスに変えよう!

そうした動きは、世界中ではじまりました。ヨーロッパにおいては、イギリスでは自国の北海ガス田からの天然ガスに、ヨーロッパ北部ではノルウェー産やオランダ産の天然ガスに、東部ではロシア産に、そして南部地域ではアフリカ産の天然ガスに変わっていきました。

 


都市ガスの原料を石炭や石油由来の生成ガスから天然ガスに変える。じつは、これはとても技術的なハードルが高いことなのです。

まず、単位体積当たりの熱量が2倍以上になります。つまり、ガス機器になにか手を加えなければ、加熱能力が過剰になりすぎるということです。そのためには、既存のガスバーナのノズルの面積を加工して小さくする必要があります。

つぎに、従来ガスに含まれていた水素成分がなくなるため、天然ガスのほうが燃焼性は悪くなります。これは、途中で火が消えやすくなるということです。保炎性を高めるためには、バーナの形状を変えたり、あるいは途中失火を検出する安全装置を付加したりすることが必要になります。

最後に、一酸化炭素(CO)が発生する危険性が高まることです。ただし、家庭用のコンロや湯沸かし器のように空気中の酸素を燃焼に用いるブンゼン燃焼では、一酸化炭素の問題が生じる可能性はほとんどありません。一方で、産業用の大型バーナでは燃焼用空気が大量に必要となるため、ファンやブロアといった装置で強制的に空気をバーナに送り込むシステムになっています。これを、ブラスト燃焼と呼びます。ブラスト燃焼では、余分な空気をバーナに送り込んでしまうと燃料の過剰消費につながってしまうため、燃焼ガス量にあわせて空気量も調整しています。燃料が変われば、この空気量の調整もやり直さなければなりません。細かなことは省きますが、仮にまったく調整をしなかったとすれば、供給ガスの発熱量が大きくなると空気が足りなくなるため、一酸化炭素が発生する危険性が高まってしまうのです。

そうした技術的ハードルが存在しているため、熱量を変更するタイミングにあわせて、バーナの交換や改造、あるいは燃焼調整を実施しなければなりません。導管を用いて不特定多数の消費者に供給しているということは、ガス導管の中身が変わるタイミングで、さまざまな作業を一斉に遅滞なくおこなう必要があるのです。

 

欧米においては、地域ごとに供給していた従来型ガス導管網を天然ガス導管に接続する際に、そういった作業を地域ごとにおこなってきました。地域ごとに比較的まとまったパイプライン供給だったこと、天然ガスへの転換も比較的昔におこなわれたため需要家の数もさほど多くはなかったこと、集中暖房や給湯が主流のため転換する設備が温水ボイラに限られていたこと、暖房用途がメインだったため夏場にガスを停止しての転換も可能ったこと、などの理由から、比較的容易に天然ガス転換がおこなわれてきました。

 

2)日本では「世紀の大事業」となった!

一方の日本では、天然ガス転換は「世紀の大事業」となりました。理由はいくつかあります。

天然ガスを採用しようにも、液化天然ガスLNGに加工して搬送する技術開発まで待たねばならず、その間に都市ガス需要が拡大していて、転換対象となる顧客数や設備数が膨大なものになったこと。諸外国と違い、コンロや炊飯器、瞬間湯沸かし器に風呂釜など、ガス設備が多岐にわたっていたこと。暖房をみても部屋ごとにストーブをいくつも利用されており、冬場に鍋を食する時だけ出されるような一口コンロもあり、夏場はストーブとともに押し入れの奥に収納されていたりもします。

そうした設備すべてを事前に調査して洗い出しておき、地域のガスを止めているあいだにすべての設備の改造や交換をおこない、天然ガスを流しはじめた瞬間にすべての設備の燃焼調整を完了させなければなりません。一般家庭の消費者にも数日間のガス停止と在宅を依頼することになり、産業用にいたっては製造の一時停止をお願いするという前代未聞の事態となりました。

 

東京をはじめとして大阪など大都市圏から順に天然ガス転換を成功させてきましたが、都市ガス会社は転換のための作業要員を大量に雇用するなど、世紀の一大事業となりました。たとえば首都圏では、当時550万件のすべての需要家を対象とした熱量変更に対し、17年間にわたり延べ780万人の社員を動員するとともに、全国から200以上の事業者が協力して参加しています。

では、なぜガス会社はそれほどまでハードルが高い天然ガス転換に踏み切ったのでしょうか。それは、ハードルを上回るメリットが大きかったからです。もちろん、燃料の安定供給面であったり、将来的なコスト面であったり、環境面であったり、理由は多岐にわたりますが、もっとも大きなメリットは輸送能力の増大でした。

天然ガスになると、単位体積当たりの熱量が2倍以上になると前述しました。つまり、同じ口径のガス導管であっても輸送する熱量が2倍以上になるということです。都市ガス導管などの膨大な設備資産を保有するガス会社にとって、その資産価値が上がる事業はとても魅力的だったことでしょう。

人口も増加し続けており、高度経済成長にも成功し、可処分所得もますます増えてきている時代。都市ガスの急激な需要増加に対応する手段として、天然ガス転換に踏み切ったのは、時代の要請だったといえるのかもしれません。

 

最近になって、水素がもつ環境性が重視されはじめています。そういったなかには「都市ガス導管の天然ガスを水素へ転換すればいい」という意見があります。当然、真摯に検討していくべき内容です。しかし、燃料が変わるということは末端の消費機器すべてに影響を及ぼすということを過去から学びながら、過去とは逆パターンとなる転換作業を想定しなければなりません。

 

 

このコラムでは、エネルギーに関するさまざまなトリビア情報を、シリーズでお伝えしたいと考えています。次回をお楽しみに。

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