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2024年09月25日 by 山納 洋

場づくりのその先へ


こんにちは。エネルギー・文化研究所の山納洋(やまのう・ひろし)です。

僕は「場づくり」への関心から、これまでに劇場・インキュベーション施設の企画・運営、カフェ、およびカフェ的交流の場のプロデュースなどに携わってきました。この9月に発行した情報誌『CEL135号では「場づくりのその先へ つながりから社会を変えていく」と題した特集を担当しました。

 

今回の特集にあたって僕が立てた問いは、以下の2点でした。

 

1.集まった人たちがつながりを築き、それぞれの能力やバックグラウンドを活かして新しい取り組みを始めるようになる、そうした豊かな場はどうすれば作れるのか?

2.そこから生まれたプロジェクトが、社会の制度や仕組みを変えていく力を持つようになるには何が必要なのか?

 

そういう観点から、それぞれの記事を振り返ってみたいと思います。



「創発的な場」を生む仕掛けをどう育てるか

 −“誰もがいたいようにいられる場所”をデザインする


東京都市大学・都市生活学部教授の坂倉杏介さんは、東京都港区の「芝の家」や「三田の家」、世田谷区での「おやまちプロジェクト」などでの実践を通じてコミュニティ・マネジメントの研究をされている方です。

坂倉さんは、“誰もがいたいようにいられる場所”を作る仕組みや仕掛けとして、「しつらえ(空間)」「きりもり(マネジメント)」「くわだて(コンテンツ)」の3つを指摘しておられます。「芝の家」には縁側があり、外を通りかかった人が気軽に立ち寄ることができます。また「ちょっと懐かしくて、くつろげる空間」であることで、子どもたちもお年寄りも自然にそこに居られるようになっています。またオープンの前後には、スタッフ同士が話し合う時間を取り、スタッフがリラックスした状態でその場にいられるように気遣っています。そして「こんなことやりたい」という思いつきを小さく形にしていくことを大事にされています。

また「ご近所ラボ新橋」「ご近所イノベーター養成講座」では、講座を通じて地域の人たちが地域活動について学び、卒業生にそこで活動を広げていくことができます。ご近所という暮らしの場で出会い、つながり、プロジェクトが生まれていくという形がデザインされているのです。

「おやまちプロジェクト」では現在、商店街にある「タタタハウス」と「おやまちリビングラボ」を拠点に、町内会や商店街といった既存のコミュニティではなく、それぞれの関心からプロジェクトを興し、取り組みを通じて新たにコミュニティを生み出していく、そして町全体を居場所にしていくという取り組みを進めておられます。


飯盛義徳 編著 西村浩 ・坂倉杏介・伴英美子・上田洋平著 『場づくりから始める地域づくり 創発を生むプラットフォームのつくり方』(2021年 学芸出版社)



ソーシャルイノベーションを生み出すデザインを考える −エツィオ・マンズィーニの思想をもとに


日本でデザインといえば「売れるためのもの、ブランディングのためのもの」という認識が強いですが、西欧では何十年も前からデザイナーが「政策・公共サービス・民主主義」に関わってきました。一般社団法人「公共とデザイン」の川地真史さん・石塚理華さん・富樫重太さんは、公共領域においてデザイナーに何ができるのかを考え、研究と実践を重ねてきました。彼らが2023年に出した『クリエイティブデモクラシー 「わたし」から社会を変える、ソーシャルイノベーションのはじめかた』(BNN)の中では、イタリアのデザイン研究家、エツィオ・マンズィーニの思想について詳しく紹介されています。

マンズィーニは、“自分ごと”から始まる「ライフプロジェクト」の実践こそがデザインであり、専門家だけでなくすべての人がデザイナーになり得ること、プロジェクトの実践を通じて民主主義を実現していく道筋があること、これからデザインの専門家に求められる役割は、出会いや創発が起こる“うつわ”を作ること、つまり「場づくり」からプロジェクトを生み出していくというプロセスをデザインすることだと述べています。


一般社団法人 公共とデザイン著『クリエイティブデモクラシー 「わたし」から社会を変える、ソーシャルイノベーションのはじめかた』(2023年 BNN



「お客様」から「当事者」になること −遊びからつながり、対話から自治が生まれる


西川正さんは、保育所や学童保育所の保護者会などで活動してきた父親、学童保育所を運営するNPO法人の理事、市民活動やまちづくりの支援を行うNPO法人の常務理事、そして真庭市中央図書館館長という立場から、「お客様」時代の人間関係を解きほぐし、人と人とが安心して出会い、信頼できる関係性を作り出していくための実践を重ねてこられた方です。

教育や福祉、まちづくりの現場では、2000年前後から、それまで学校と保護者の共同の営みであった子育てがサービス産業化し、市民を「お客様」扱いするようになりました。その結果、助け合いやお互いさまといった感覚が薄れ、共同で作業したり、食べたり、遊んだりする場面が減り、人と人とが関係を結べなくなっていきました。

そうした状況を変えていくために、西川さんは地域での市民活動を促進する組織を立ち上げ、研修や講座、講師の派遣とともに、いろんな人が関われる参加型のプロジェクトを広める活動をされています。「おとうさんのヤキイモタイム」や「トークフォークダンス/大人としゃべり場」は、普段の生活では話をすることのない人たち同士のつながりをつくるのに有効な手法です。

子どもも大人も遊べる場づくりを行う中で、何かあったら話し合える関係性を作り、意見が割れたら対話を重ねて折り合いをつけ、その決断にみんなで責任を持つ。そうした“対話による自治”を実現させていくことを、西川さんは目指しています。


西川正著『あそびの生まれる場所 「お客様時代」の公共マネジメント』(2017年 ころから)




市民社会から社会を変える −「文化的コモンズ」が促す、新しい公共のかたち


東京アーツカウンシル企画課長の佐々木秀彦さんは、2024年3月に『文化的コモンズ』(みすず書房)上梓されています。この本の中で佐々木さんは、博物館、図書館、公民館、劇場・ホール、福祉施設などが地域づくりにおいて果たす役割に注目し、文化施設をはじめとする多様な主体が相互に関わり合い、地域文化コミュニティを形成していくための道筋を示しておられます。

「文化的コモンズ」とは、文化施設、団体、商店街、教育機関など、多様な主体が相互に関わり合うことで形成される、地域固有の文化的な共有空間や活動のネットワークのことです。現行の文化施設はどうつくられ、どんな制度のもとで存在しているのか、それらの施設をどう使いこなせば豊かな「文化的コモンズ」をつくることができるのか、そしてそれが持続可能なものになるには何が必要か。そんな視点から、佐々木さんは地域社会で実践可能なメソッドを著書にまとめておられます。

これまでの文化施設は、企画展、コンサート、講演会といった個々のコンテンツづくりに力を入れてきましたが、学校と組んで教育普及プログラムを始めたり、障害を持つ方にも鑑賞してもらえるようにしたり、社会課題に貢献する取り組みをつくったりと、地域における社会課題にも積極的に取り組むことで、さらに多くの人たちが集う地域の場として文化施設をリ・デザインすることが大事です。さらに芸術文化に関わる専門職が「健全なアドボカシー活動」、つまり芸術文化の価値や必要性について声を上げ、政策提言を行うという意識を持つことも重要なことです。

佐々木秀彦書『文化的コモンズ 文化施設がつくる交響圏』(2024年 みすず書房)



つながりながらも、孤独に陥る若者たち −失われた場の再生に向けて


早稲田大学文学学術院教授の石田光規さんは、社会の「個人化」が友だち関係の変化に大きく影響を与えていると指摘しています。

私たちは、個々人の「やりたいこと」や「つき合いたい人」を優先させ、集団とのつき合いを必要最小限に留めるようになってきましたが、イヤな人とは付き合わなくてもいい社会では、誰かと安定した関係を築くことが難しくなっています。居合わせた人と「友だちっぽい」コミュニケーションを積み重ねることでつながりを確保していく。こうしで築かれた「形から入る友だち」は安定した人間関係をもたらすことはなく、よい関係を保つために争いを避け、気を遣い合うようになっています。そして情報通信端末の普及がこの傾向に拍車をかけています。手持ちのケータイやスマホをつうじて一緒に過ごす相手を探すようになると、自分は他人からどれだけ「会いたい」と思ってもらえているかが、つながりの数を左右するようになり、そのことで多くの若者が孤独感・孤立感を深めていくことなる。

こうした事態の打開のために、石田さんは「友だちのあり方を見直すこと」と「『場の力』を再生すること」を提唱しておられます。


石田光規著『「人それぞれ」がさみしい ――「やさしく・冷たい」人間関係を考える』(2022年 筑摩書房)




北欧のリビングラボ −当事者を巻き込む、未来づくりの場とは



デンマークに在住し、リビングラボの研究と実践にあたっておられる安岡美佳さんには、北欧のリビングラボについて紹介いただきました。

北欧では1970年代以降、政府・企業・市民などを巻き込み、コミュニティの課題解決に取り組む「参加型デザイン」が実践されており、近年はそのための場として「リビングラボ」が広がっています。リビングラボとは、「生活者視点に立った新しいサービスや商品を生み出す場所」「オープンイノベーションをユーザーや市民が生活する場所で行う共創活動やその活動拠点」のことです。

高齢者対策・ヘルスケア分野・まちづくり・地域産業の育成・移民対策などあらゆる社会課題に対し、当事者がその解決に向けてデザインに関わり、デザイナーや関係者が一緒になって適切なサービスや製品を作り出していく、そのための場所です。日本国内にも企業や自治体がリビングラボを設置する動きが起こってきています。

リビングラボにおいて大事なのは、それが人々が日常生活を営む実生活の場にあること、多様な利害を持った人たちが集まり、多様性を受け入れつつ課題解決に取り組むことができる民主主義的な場であることです。


NTTの研究所とデンマーク工科大学の共同研究により生み出された『リビングラボの手引き』(2017年)



CEL」を振り返る 「トーキング・カフェ」の拡がり


最後に、「扇町Talkin’About」から「談話室マチソワ」に至る、僕自身の20数年にわたる実践について紹介しています。

 

人々が集い、アートや文化について議論を交わすという営みは、地域の魅力を見出したり、地域課題を意識して行動を始めたり、コミュニティや公論を形成したりといった可能性を秘めています。それだけでなく、ケアし合える関係を生み出し、地域での暮らしを豊かなものに変えていくことができます。

 

では、どういう場所にどんなしつらえの空間をつくり、どういう形でマネジメントし、小さな新たなプロジェクトを生み出していくのか、そしてその動きを市民自治にまでつなげていくには何が必要なのか。今回の特集を通じて得られたさまざまな示唆を、今後の研究と実践に活かしていきたいと考えています。


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