こんにちは。エネルギー・文化研究所の熊走(くまはしり)珠美です。私は研究所が発行する情報誌『CEL』の編集を担当しています。このコラムでは、情報誌『CEL』の内容や制作にまつわるお話について書いています。今回は、9月1日に発行した『CEL』135号の新連載「写真家と大阪」をご紹介します。
◆情報誌『CEL』135号
https://www.og-cel.jp/issue/cel/1780416_16027.html
1.変貌を遂げた街
皆さんは、ご自身が住む街の昔の写真をご覧になったことはありますか?
私は大阪府の郊外で生まれ、半世紀以上、同じ街に住み続けています。私の実家は国鉄(当時)の駅のすぐ近くにありましたが、私が小さい頃、近所には田んぼや畑が多く残っていました。小学校の登校時には畑仕事をする近所のおばさんに手を振り、夜はカエルの大合唱に耳を傾け、秋には稲刈りを終えた隣りの田んぼで、運動靴を泥まみれにしながら友だちとバドミントンをして遊びました。
昭和40年代、大阪のベッドタウンであった私が住む街は山を切り開いて新しい住宅地を作り、どんどん人口が増えて行きました。小学校の子どもの数が増えて収容できなくなり、隣町に学校を新設して学年の半分の生徒が途中からそちらに移ったりしました。
駅前に大きな商業施設ができてからは、近所の田んぼが次々になくなり、駐車場やガソリンスタンドや集合住宅に変わって行きました。中学から電車通学をすることになった私は、毎日登下校で駅前の道や商店街を歩いていたので、その変遷を肌で感じることができました。
それから半世紀近くが経ち、街の様子はすっかり変わりました。駅前にはタワーマンションが建ち並び、わずかに残っていた田んぼはとっくに姿を消しました。古い建物は取り壊され、道路が拡幅され、電柱は地中に埋められました。ただ、昔からあった駅前の商店街や小売店は姿を変えて残っているものも多く、新しい商業施設とうまく共存しています。昔からの旧街道や神社もあり、駅から車で10数分走ったところには、自然豊かな緑や川も残っています。
2.祖母の写真と対面
私が住み慣れたこの街で子育てをしていたとき、自治会長のおじいさんとお話をする機会がありました。その方は何十年も自治会のお世話をしている地元の主のような存在でしたが、私が旧姓を名乗ると、「あんたのおばあさんの写真、あそこにあるで」と、近所のお地蔵さんを指差されました。そこで、お地蔵さんの祠(ほこら)の中に入ったところ、額に入った古びた集合写真が飾られていました。十数人の男女が「大和講」と書かれた旗のようなものの前で、数珠を片手に並んで座っています。それは、御詠歌をあげる人たちが集まる講の写真だったのです。そういえば、昔、祖母は毎日のように御詠歌をあげる信心深い人だったと聞いたことを思い出しました。祖母は私が生まれる前に亡くなっているので顔を知らなかったのですが、父にそっくりな女性がいたので、「間違いない。おばあちゃんだ!」と確信しました。思いがけない祖母(の写真)との対面に、亡くなった祖母が近隣に住む私を見守ってくれているような気がして、何だかうれしくなりました。
お地蔵さんの中に飾られていた大和講の写真
3.友人たちと語り合う昔の街の姿
私が住む街は昨年、市制80年を迎え、記念写真集が発売されました。私は発売早々にその分厚い本を入手しましたが、「そのうち読もう」と本棚に入れたまま、1年以上放置していました。つい先日、地元に住む友人2人が自宅に訪ねて来たので、お茶を飲みながらその写真集を開いたところ、それぞれが写真にまつわる思い出話を始めました。「このお店は同級生の〇〇くんの家だった」「私はこの近所のそろばん塾に通っていた」「市役所はもともとここにあったはず」「駅前の小便小僧、懐かしい!」と、1人では記憶が曖昧な写真も、3人だと誰かが思い出してくれて、お互いに納得したり、懐かしがったり、驚いたり。大いに盛り上がったため、2時間経っても半分しか読み進めず、「本の後半はまた次回に」と解散したのでした。
4.新連載「写真家と大阪」
さて、前置きが長くなりましたが、135号から連載がスタートした「写真家と大阪」は、日本の写真史にその名を刻んだ写真家と、その写真家が写し出した作品から、大阪の都市の様相を振り返るコーナーです。今年の6月、NHK・Eテレの人気番組「100分de名著」で宮本常一の『忘れられた日本人』を解説された民俗学者の畑中章宏さんに、写真の選定と文章を執筆していただいています。
第1回は、安井仲治(1903年〜1942年)を取り上げ、1929年に彼が撮影した『平野町』という作品を紹介しています。平野町は、大阪ガスの本社ビル(1933年竣工)がある場所ですが、写真は大阪が「大大阪時代」と呼ばれた大変貌期に撮影されたものです。1926年から御堂筋の拡幅工事が行われていたので、まさにその過渡期を写し出したものとして興味深いです。
秋の夜長、昔の写真から呼び起こされる様々な記憶に、しばし身を任せるのも悪くないかもしれません。
◆写真家と大阪
安井仲治の2つの作品を紹介(情報誌『CEL』135号より)
https://www.og-cel.jp/search/1780407_16068.html