「歴史に学ぶエネルギー」をシリーズで考えています。バブル全盛期のころから、日本の製造業は競って海外へ工場を進出させ、グローバルに展開しはじめます。アメリカも、日本とは違ったかたちでグローバル展開をはじめています。
ものごとにはすべて表と裏があるように、光があたれば影ができます。メリットとデメリットが共存しているのが、世の常です。
1.アメリカの水平分業化システム
アメリカ国内では、低金利政策によって国内の通貨量が増えましたが、金(キン)や石油の総量は拡大しないため、不動産を中心としたバブルが醸成されました。
不動産バブルは日本も経験しましたが、これは人口ボーナス期の終わりに発生します。収益性の高い投資プロジェクトはやりつくされ、余剰資金が不動産に流れるためです。しかし人口増加が抑制された瞬間、投資抑制がはじまってバブルが崩壊するのです。
アメリカは移民政策によって人口そのものは増加し続けていますが、投資という面において影響をおよぼす人口だけを考えれば、限界がきていたのかもしれません。同じ現象は、これから世界中の多くの国で大なり小なり起こっていくことでしょう。
そのような好景気のアメリカが made in Japan の製品を欲した背景には、アメリカはすでに工業立国からIT・ハイテク・金融立国への変貌を遂げていたことがあったといえます。
またアメリカ企業では、水平分業化されたグローバル生産が主流になりつつありました。iPhoneに代表されるように、グローバル市場から部品供給を受け、人件費の安い中国で組み立てをおこなう水平分業システムです。
スマイルカーブとは、グラフの横軸に企画・設計・部品製造・組み立て・販売・アフターサービスをとり、縦軸に収益をとると、両端がもっとも収益が高くなり、中央の組み立てがもっとも低くなる現象を表しています。ニコちゃんマークの口元に似た曲線を描くことから、スマイルカーブと呼ばれます。
アメリカのIT企業は、独自のコンセプトやブランドを大切にしながら、製造や組み立ては中国などのグローバル市場に委託するという、スマイルカーブのいいところ取りをした手法に切り替えたのです。
利益の薄い製造工程を外注化し、最終製品で高収益を稼ぐビジネスモデルです。
2.日本の凋落と底力
同じようなグローバル展開を実現した日本を見てみましょう。
ただし、アメリカとは大きな違いがあります。日本では、製造業そのものが海外へ出ていっています。しかし、かつて日本を代表していた家電やAVは凋落し、見る影もありません。製品そのものに魅力がなくなってしまったのです。
かつてウォークマンをつくった日本が、iPhoneをつくることはありませんでした。かつてiモードを考案した日本が、楽曲配信のシステムをつくることはありませんでした。これは、日本の技術者個々の力が落ちてしまったわけではありません。日本を代表するAVメーカーに在籍していた技術者たちが、たとえばアップル社へ移籍して活躍していたことは、周知の事実です。
このように、日本の技術力は優れていました。とくに、「すり合わせ」と呼ばれる作業が得意でした。
製造業におけるすり合わせとは、独自に設計した部品を持ち寄り、互いに調整しながら組み合わせることで高品質な製品をつくりあげる業務プロセスのことを指します。
アメリカの水平分業型は、予め定められたルールに則って製作された部品やモジュールをマニュアルとおりに組み立てることで実現するため、共同作業という概念を排した業務プロセスになっています。
一方で、日本の製造業が得意とする高度な製品づくりは職人技と職人技の調整作業となるため、簡単にマニュアル化されることはありませんでした。自動車のハイブリッド技術はその代表例ですが、ほかにも小型モーターなどの高性能部品や高機能性素材などの製造にも「すり合わせ」が必須です。そのため、日本は部品や素材の屈指の提供元として君臨してきました。
韓国とのイザコザで、日本からのフッ素化合物などの輸出が条件付きになったことがありました。困ったのは韓国企業です。それほど世界のなかで必要不可欠な地位を占めるまでになったのが、日本の製造業です。
高度経済成長時代に垂直統合化した巨大な企業系列は縮小され、日本が得意とする「すり合わせ」に特化した事業が海外へも進出していったのです。ただし、こうした事業がスマイルカーブの底近くに位置していることに、変わりはありません。
このようにかたちは違えど、製造そのものをグローバル展開していった日本とアメリカですが、いきすぎたグローバル化は、やがてマイナス面が露わになってきます。たとえば、半導体の供給不足。全世界の製造業で、半導体の入荷待ちによる生産停止が続出しました。
国と国との関係とは、持ちつ持たれつでうまくバランスをとらなければ、どこかで破綻します。一方の民間企業は、自社にとって有利かどうかが優先されがちですので、過度なグローバル化はさまざまな格差を生み出す要因となりうるのです。
どこまでを系列内でまかない、どこまでを広域流通にまかせるか、あらたなバランスを探る時期にきているのかもしれません。ただし、日本が得意とする分野を手放す選択肢は、ありえないでしょう。
このコラムでは、エネルギーに関するさまざまなトリビア情報を、シリーズでお伝えしたいと考えています。次回をお楽しみに。