こんにちは。エネルギー・文化研究所の前田章雄です。
「歴史に学ぶエネルギー」をシリーズで考えています。世界中の企業がグローバル展開しはじめるなかで、灼熱に煮えたぎるマグマが少しずつ地表近くまで上がってきています。世界を狂乱状態に陥れる石油高騰が、それも人為的に仕組まれた価格操作が起ころうとしていたのです。
1983年、米テキサス産の石油の種類であるWTI(ウェスト・テキサス・インターミディエイト)がニューヨーク・マーカンタイル取引所NYMEX(ナイメックス)に先物上場されました。
ナイメックスの前身は、酪農家数10人が開設したバター・チーズ取引所です。1972年のことでした。その後、卵も品目に加えて先物取引をはじめます。農産物を先物で取り引きすることは、当時では革新的なことでした。
やがて、ジャガイモが衛生検査ではねられるといった不祥事が起き、取引所の存亡の危機が訪れます。ガソリンの先物で急場を凌いできたのですが、1983年3月30日、歴史的な日を迎えます。WTIの先物取引を開始したのです。
WTIとは、1912年にオクラホマ州クッシングで発見された石油種のことです。
すぐさま、クッシングから全米にむけてタンク群とパイプライン網が整備されました。当時は全米石油の2割をまかなうほどの生産を記録していました。しかし、操業をはじめてしばらくすると、生産量が激減してしまうのです。油井の枯渇が予想より早くきたのです。
そこで、逆転の発想をしました。完備されたタンク群とパイプライン網があるということは、周辺の油田とパイプライン接続するだけで、受け入れ施設として活用できると考えたのです。石油を逆流させるだけで、アメリカ中の石油を牛耳ることができる。こうしてクッシングは、全米の石油集積地として蘇りました。
ほぼ同時期に、北海ブレント石油の先物もロンドン国際石油取引所(ICEフォーチャーズ)に上場されました。ブーン・ピケンズのような投機家たちの時代がやってきたのです。
通常、先物市場のトレーダーたちは値上がりを予想すれば買いに走り、値下がりを予想すれば売りに回ります。しかし、スピキュレーター(投機家)たちは違います。彼らは価格の吊りあげが目的のため、買い注文はかけても売り注文はだしません。通常では想定がつかない動きをするのです。
当時の金融市場は、世界全体で44兆ドルもの巨額の資金がうごめいていました。機関投資家が運用する年金資産も30兆ドル程度あります。そのごく一部、わずか1パーセントに満たない資金を、せいぜい2,000億ドル規模の石油先物という小さな市場につっこめば、価格の吊りあげはいともたやすくできてしまったのです。
「プールでクジラが暴れている」
規模の小さな石油先物市場へ、巨額の資金が流れ込みました。石油先物は、次第にペーパーバレル(架空の石油)が取り引きの主体になっていきます。投機的な活動が増え、実際の生産量をはるかに上回った取り引きがおこなわれました。
こうした一連の動きは、電子プラットフォームが導入された2005年からさらに加速します。
ボタンひとつで売買が瞬時に成立。ファンドのアルゴリズムにより、100万分の1秒単位で人が眠っているあいだもプログラミング通りに作動し続けます。ペーパーバレルから電子バレルへと変わった瞬間でした。
WTIの生産量は、一日あたり40万バレルです。しかし2008年には、なんと毎日4億バレルもの取り引きに膨らんでいました。つまり、同じ石油を一日で1,000回も売買しているのです。スピキュレーターたちは売って買って売って買って、を繰りかえしながら価格吊りあげを狙うのです。
そうした結果、低値で安定していた石油価格が次第に上昇していきます。2007年1月には、1バレル50ドルになりました。
ここから、歴史的な異常高騰がはじまるのです。1年後の2008年1月には2倍の1バレル100ドルになり、その半年後には市場最高値の147ドルを記録しました。まさに、指数関数的に急上昇し、世界中が大狂乱状態に陥ったのです。
しかし、バブルのような膨張は、やがてはじけるのが世の常です。147.25ドルという史上最高値を記録した石油価格も、すぐに30ドルまで暴落します。上昇基調にあるなかで「石油価格は200ドルを超える」「300ドルまでいってもおかしくない」といった分析もありましたが、実態はバブルがはじけたかのような状態になりました。
ここで重要なことがあります。
石油は、政治的な戦略商品としての性格ももちながら、需要と供給に左右される一般商品としての性質も併せもつようになります。そこに投機的要素、すなわちギャンブル的性格が付加されたのです。
たとえば、供給が減る情報が伝えられた場合、一般の商品でも価格は上昇基調になります。しかし石油の場合は、実際に需要に影響を及ぼしていなかったとしても、投機的な動きによって、上昇のスピードが増幅されてしまうのです。
本来ならば、先物取引とは将来的な価格が安定する役割を示すはずなのですが、石油価格は違っていました。スペキュレータたちの過剰な売買取引によってによって、急激に上昇したり乱降下したりするのです。当局の規制がかけられるようになって異常な動きは抑えられるようになりましたが、石油の価格が株価のような急激な動きを見せるようになったのです。
石油(エネルギー)とは、有事には政治的に利用される戦略武器となるが、平時は需要と供給に左右される一般商品でもある。さらには、ギャンブル的な動きをする金融商品として、その動きが加速増幅される可能性も大きい。
そうした性質が生じるようになったいうことを、現代の私たちも理解しておかなければなりません。
このコラムでは、エネルギーに関するさまざまなトリビア情報を、シリーズでお伝えしたいと考えています。次回をお楽しみに。