檜谷 美恵子
2009年09月28日作成年月日 |
執筆者名 |
研究領域 |
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2009年09月28日 |
檜谷 美恵子 |
住まい・生活 |
住生活 |
情報誌CEL (Vol.90) |
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日本ではこれから今世紀半ばころまで、未曾有の超高齢社会が続く。この変化を見越して、近年、高齢期の生活の安心に関わる社会制度があいついで見直されてきた。たとえば、医療分野では、療養病床が大幅に削減された。この改革は、高齢者の「社会的入院」を抑制し、医療費の削減に寄与すると期待されている。けれども、これにより「社会的入院」を生んでいた事情が改善されたわけでも、これにかわる現実的な選択肢が示されたわけでもない。その結果、行き場を失った高齢者が「介護難民」となり、大量に出現している。介護系居住施設の新規建設抑制も同様の問題を提起している。ノーマライゼーション(※1)の理念のもと、居宅福祉が目指されることに異論はないとしても、在宅高齢者の暮らしを支えるサービスや拠点施設の整備、そしてなによりも高齢者がそこで日々生活する住まいの整備が立ち遅れているため、理念と現実とのギャップは大きくなる一方である。
高齢期という人生の最終段階を、最後まで自分らしく生きようとするとき、安心して住み続けられる住まいを確保することは、重要な問題である。社会保障制度の先行きへの不安が増すなか、人々はどのように高齢期に備えようとしているのだろうか。そこからどのような課題がみえてくるのだろうか。本稿では、高齢期を迎えた人々へのインタビューと、シニアマンションに居住することになった自らの体験をもとにこれを探ってみたい。