豊田 尚吾
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2014年11月25日 |
豊田 尚吾
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住まい・生活 |
ライフスタイル |
デザイン・ユア・ライフ |
機会費用を忘れずに
「ある行動によって得るものが失うものより大きければ、それは実行するに値する」という考え方は、合理的という意味で広く受け入れられる判断基準です。その際のポイントとして前回は比較のための尺度の必要性を述べました。今回は機会費用という隠れた費用について述べたいと思います。
例として、ある人があなたにリンゴを1つあげようと言ったとします(とりあえず、それがなぜなのかは考えないことにしましょう)。それを「受け取る」という判断は、費用=0、便益=リンゴ1つ分の価値ですから“実行に値する”と言えます。では、その人がリンゴ1つかみかん1つのどちらかをあげようと言った場合はどうでしょうか。みかんよりもリンゴが好きなら当然リンゴを選ぶはずです。ではその時の便益はリンゴ1つでいいとして、費用はどうなりますか? 最初の選択と同様、“何もしなくてもくれる”のですから費用は0と考えることもできるでしょう。
しかし今回はミカンを選択することもできたはずです。みかんをもらうことをあきらめてリンゴを選択した場合、みかんを得る「機会」を失ったとして、それを“費用”に含めるのが「機会費用」の考え方です。つまりこの場合、費用はミカン1つの価値、便益はリンゴ一つ分の価値ということです。前提としてみかんよりリンゴが好きなのですから、機会費用(みかん)より便益(リンゴ)が上回っていると言え、リンゴを選択するという判断は相変わらず合理的だということができます。
もっとも、みかんをあきらめるという“機会の放棄”が費用だからといって、リンゴを得た“幸福感を評価する”場合、リンゴ1つ分のうれしさからその機会費用を“差し引く=控除する”必要はありません。ちょっとみかんのことが気になって、残念な気持ちは残るかもしれませんが。
このように、機会費用とは「ある行動を選択することによってあきらめなければならなくなる、他の選択可能な行動のうちの最大利益」と定義されています。よく使われる例として以下のようなケースがあります。今日、日給10000円のアルバイトをする約束をしたのですが、よく求人を見ると日給12000円と日給15000円の別のバイトもあったとします。その時の機会費用は“他の選択可能な行動のうちの最大利益”ですから15000円ということになります。
機会費用算出のための費用?
なんだか「捕らぬ狸の皮算用」のようで違和感を持つ人もいるかもしれません。しかし、経済や経営でこの機会費用の重要性を強調するのは、時間などの「機会」の希少性をおろそかにすべきではないとの考えに基づきます。アルバイトの例でも10000円の日給をもらうことは幸福かもしれないけれど、様々な機会を無駄にしなければ15000円という、より大きな幸福を実現できたかもしれないという意味で判断に改善の余地があることに気が付きます。ただし、リンゴの例でものべたように、機会費用とは合理的な判断を実現するための考え方なので、実際にどれだけ差し引きした価値が得られたか(純便益:便益―費用)の計算に費用として計上することはありません。
さて、ここでウェルビーイングの観点からもう少し機会費用について考えてみましょう。アルバイトの例で考えた機会費用は日給の名目値を単純に比較しているだけですね。もし日給10000円のバイトと15000円のバイトの仕事内容が違った場合、どう考えたらよいのでしょうか。例えば10000円のバイトは店番をするだけで比較的楽なのに対し、15000円のバイトは恐ろしくつらい、過酷な内容だったとします。それなら日給10000円のバイトの方がいいという判断が合理性を持つ場合もありえますね。
要は様々なバイトも費用なしで日給がもらえるわけではなく、労働という費用を投入して給与という便益を得ているわけですから、機会費用を考える場合にも本来はその費用分を控除して“最大利益”を算出するべきでしょう。しかし、経済や経営的視点では明白な金銭的費用以外は無視されるケースが多いように思います。それは精神的負荷や肉体的疲弊は客観的な評価が難しいということも大きな理由の一つでしょう。
しかし生活者の、パーソナルなエコノミクスやマネジメントの立場から見ると、そのような費用もしっかりと費用便益の判断に組み込むことが、よりよいウェルビーイングの実現には重要だと言えます。
進学、就職、結婚、住宅…何かを選ぶということは、その他全ての可能性(≒機会)を捨てることでもあります。それを明確に「費用」=生活のコストと認識してベストな選択肢をチョイスする。その重要性を「機会費用」の概念が教えてくれるとともに、生活者の観点からはそれぞれの可能性には一つ一つ異なる努力(機会費用を算出する際の控除分)が伴うことも忘れないようにしたいものです。