豊田 尚吾
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2009年03月19日 |
豊田 尚吾
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住まい・生活 |
住宅 |
情報誌CEL (Vol.88) |
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はじめに
生活者にとっての住まいとは、衣食住の「住」であり、人間生活の基本に他ならない。一方で、衣食住の中では最も手に入れにくいものといえるのではないかと思う。
衣服に関しては、一度手に入れればかなりの程度耐久性はあるし、リサイクルショップ、フリーマーケット、ディスカウントショップなどにおいて、廉価で手に入れることは可能である。所得制約上の問題は3つ(衣食住)の中で一番小さいと考えて間違いはないだろう。実際、家計調査(平成20年:勤労者世帯)によれば、生活者は平均49万円程度の実収入、40万円程度の可処分所得を得ているのに対して、衣類への平均の支出額(被服費)は1万3千円程度である(図1)。
むしろ成熟社会の日本において、衣服は、自己表現やその人自身の生き方という意味で重要になってくるのであろう。少なくとも生き抜くということに関してだけいえば、その重要性は昔に比べて小さくなっているはずだ。
食に関しても、衣服と同様に家計調査で見ると、月額6万4千円程度の支出が行われている。その意味で食の重要性は依然として大きく、生活の基本中の基本といえるだろう。一方、それだけに入手可能性という意味では、さまざまな選択肢があり、極端な話、1日数百円あれば餓死を避けることができる。実際、日本において餓死者は非常に少なく、もし、そのような事態が起こった場合にはニュースになるほどである。
本当の意味で食べられない、衣服がないという人はあまりいない一方で、住まいのない、いわゆるホームレスといわれる人たちは数万人単位で存在している。
もちろん、食べなければ死んでしまうし、全裸でいることもできない(逮捕されてしまう)。その意味で、少しでも所得があれば、まず衣食に優先的にお金を回して、住まいはその次となるのは当然である。
このように、住まいは生活の基本事項であるにもかかわらず、衣食住の中では、後回しにされることが多く、実際に手に入れるためにはかなりの費用を必要とする。ネットカフェならパック料金(千円程度)で数時間過ごせるところはあるものの、それを住まいというのは適当ではあるまい。このような意味で、衣食住の中でも、実質的な入手困難度が一番高いのが住まいだと考えるのである。
団地再生という今号のテーマに関連して、そのような生活者の基本である「住まい」というものを、生活者、特に生活経営の視点からどう捉えるべきなのかについて、もう一度考察してみたい。