林 秀司
2006年03月25日作成年月日 |
執筆者名 |
研究領域 |
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備考 |
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2006年03月25日 |
林 秀司 |
都市・コミュニティ |
地域活性化 |
情報誌CEL (Vol.76) |
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はじめに
中国地方には、規模は小さいながらも、いくつかの歴史の古い都市が存在する。そのような都市は、しばしば観光都市となっており、少なからぬ観光客が訪れている。財団法人日本交通公社の『旅行者動向二〇〇五』によって旅行先ごとに旅行タイプを見ると、周遊観光の割合が中国五県では、岡山県が一七・三パーセントでやや低い値を示している他は、二〇〜三五パーセントと高率になっている(全国平均は一八・二パーセント)。筆者の印象でも、中国地方においては従来型の観光の形態が主流である。しかしながら、少しずつ新しい観光の動きもでてきているので、筆者の地元地域である山陰のいくつかの地域について、都市の魅力づくりには欠かせないホスピタリティの醸成とも関連づけつつ報告してみたい。
松江市の堀川遊覧船と体験型観光
島根県の県庁所在地である松江は、関ヶ原の戦の後に、遠江の浜松から能義郡広瀬の富田城に入って出雲・隠岐を支配することになった堀尾吉晴・忠氏父子が、ここに新たな城地を定め、築城を始めた一六〇七年(慶長一二)に、その城下町としての起源を求めることができる。
松江城は一六一一年(慶長一六)にいちおうの完成をみるが、その後二二年で堀尾家が断絶し、ついで入部した京極家も四年でとだえた。結局、松江は、一六三八年(寛永一五)から廃藩置県までの二三三年間、信州の松本から入って出雲一八万六千石を支配することとなった松平家の城下町として発展した。