もうひとつの都市再生へ

大阪長屋文化再考　２

「空堀」が物語る長屋再生の価値とは

弘本由香里

はじめに

　近世から近代へ、大阪のまちを構成し、その活力を支える基盤として圧倒的な存在感を発揮してきた大阪の長屋。優れた都市住宅として、他に類を見ないほど多様な発展を見せ、開発の波に洗われながら、現在もなお大阪の典型的な住まいとしてまちのあちこちに生き続けている。

　今、大阪市内の各所で長屋再生が注目を集めているが、それは、過去形で振り返る歴史的価値の再生ではなく、過去から現在を経て未来へと続くリアルな都市と住まいの物語と

しての意味を孕む。大阪の長屋再生を通して、現代の都市間題・住宅問題にアプローチし、それを解く鍵を見つけることができないか。そこに住み・暮らす主体の側から、都市づくりのシステムを組みなおしていく、都市再生の核心を、長屋再生ムーブメントに読み取ることができるのではないか。そんな思いから、本連載をスタートし、前回（第一話）は、長屋をめぐる考察の導入として、大阪の長屋における歴史の連続性と多様性に焦点を当て、その特性を大まかに概観した。

　第二回目の今回は、大阪市中央区内にあって奇しくも戦災を免れ、今なお長屋で構成された街区の姿をふんだんに残す、空堀商店街界隈での長屋再生の動きにスポットを当て、その意味を筆者なりに読み解いてみたい。

空堀商店街界隈と長屋の特性

　まず空堀商店街界隈の来歴をたどっておこう。大阪城の天守閣付近を北の起点に、大阪市内を南北に貫く上町台地上に、通称「空堀商店街」は位置する。台地上には、上町筋、谷町筋、台地の西側直下には松屋町筋、三つの大通りが平行して走っているが、大阪城天守閣から約二キロメートル南に下ったあたり、上町筋から谷町筋をまたいで松屋町筋まで、上町台地をダイナミックに東西に貫く商店街が通称「空堀商店街」である。

　「空堀」とは、かつて豊臣秀吉が大坂城を築城した際、南面を防御するために構えた三の丸の外堀「南惣構堀」に当たる。慶長十九年（一六一四年）大坂冬の陣の後、徳川方に埋められてしまうまでは、ここより北が大坂城内だった。

　江戸時代初期の空堀は、御用瓦師の瓦土取り場だった。現在の空堀商店街の両側が低く窪地になっているのは、その名残である。その後、江戸中期頃から市街化が進み、長屋の建ち並ぶまちになっていったといわれる。表通りに面した長屋建ての町家と、路地を入った裏長屋で構成される町並みのもとが形成された。

　現在の商店街の原型は、明治から大正時代に遡る。地元の「延命地蔵」の縁日に立った定期市や夜店を発端に賑わいが定着。大正時代末の道路拡幅「軒切り」で四メートルの街路が六メートルに広がり、今に続く商店街の骨格が形づくられた。戦時中も奇跡的に空襲の被害を免れたため、戦後はいち早い復興を遂げ、市民の生活を支えてきた大阪を代表する商店街の一つである。

　ちょうど、東は地下鉄谷町線・鶴見緑地線「谷町六丁目」駅、西は地下鉄鶴見緑地線「松屋町」駅にはさまれた好立地。そして、台地上から台地下へと向かう商店街の東西方向の大きな坂道はもちろん、商店街を尾根に南北にも小さな坂や崖を持つ起伏に富んだ地形がこのまちの魅力を増幅している。旧大阪市電の軌道の敷石を張ったという石畳も、路地のあちらこちらで存在感を放っている。坂の多いまちならでは、石畳の階段や煉瓦積みの建物の基礎や石垣に出くわすのも魅力である。