安達 純
2000年09月30日作成年月日 |
執筆者名 |
研究領域 |
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備考 |
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2000年09月30日 |
安達 純 |
住まい・生活 |
住生活 |
情報誌CEL (Vol.54) |
高齢者とコミュニティ
阪神・淡路大震災の被害者の多くは高齢者であった。大震災は、住宅の一階部分に暮
らすお年寄りを直撃するとともに、直接的な難を免れた高齢者からも、数分も歩けば用
の足せる商店や食堂、あるいは気軽に声の掛け合える仲間など、高齢者が日常生活を営
むうえで欠かすことのできない大切なコミュニティを奪った。
ひととき、遠隔地の仮設住宅で避難所生活を余儀なくされたお年寄りの孤独死が新聞
紙上を賑わせたことがある。そこでは、「住み慣れた場所と長い時間かけて培われた人間
関係から切り離された高齢者の悲劇」といった論調が支配的であった。そして、これは
何も災害時に限らず、私たちがこれから迎える超高齢社会では、いつどこでも起こりう
る普遍的な問題であるとも指摘された。阪神地区は他の地域に一歩先駆けて、その問題
に直面したのである。
この課題にチャレンジするために被災地では、いくつかの試みが行われた。そのひと
つに芦屋市呉川地区のケア付き仮設住宅の事例がある。このケア付き仮設住宅は、被災
されたお年寄りが長年住み慣れた市街地に建設されたもので、援助員が24時間常駐す
るとともに、家族や知人、ボランティアが協力してお年寄りの介護サービスや日常生活
の支援を行った。それに加えて、定期的に茶話会が催され、入居者やボランティアが集
まって話ができるような仕組みも工夫された。この茶話会に参加するかどうかは、入居
者の自由意志に任される。進んで手伝いをする人もいれば、ほんの時たましか顔を見せ
ない人もいる。声を掛けるが参加の無理強いはしない。この仮設住宅はもう取り壊され
て存在しないが、ここで生まれた人間関係(入居者同士の関係、そして入居者と支援者
の関係)は何らかの形で今も続いているという。