安達 純
2000年08月01日作成年月日 |
執筆者名 |
研究領域 |
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備考 |
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2000年08月01日 |
安達 純 |
住まい・生活 |
食生活 |
その他 |
本書にお寄せいただいた京都大学の末原助教授の論考によると、人類の祖先が調理のために炉で火( 炎) を用いたのが明らかになっているのは、今から3 0 万年前のことだそうである。アフリカの山岳地帯には、古くからの生活が現在もなお営まれている場所があり、そこでは家族毎に、そしてそれより一回り大きくひとつの政治集団としての色彩を持つ親族集団毎に‘ かまど’ がつくられる。一族の構成員は何かあると、この親族単位の‘ かまど’ のある小屋に集まり、食事をし、酒を飲み、ものごとを決めていく。こうして‘ かまど’ は親族集団や家族を象徴する役割を持ち、共食を核として親族や家族の団結をつくりあげている。
ところで現在、そうした意味での私たちの‘ かまど’ はどうなっているのだろうか。グルメ花盛りの時代にあって、私たちの食生活は外食あり、中食あり、個食( 孤食) ありというように、‘ かまど’はだんだんと縮小しつつある。食の多様化の歴史はある意味では、‘ かまど’ 喪失の歴史でもあった。
しかしその一方で、‘ かまど’を見直そうという動きもある。北欧に見られるコレクティブ・ハウジング( 共同居住型集合住宅) の中心的なテーマは食事運営の協同化であり、震災後に阪神地区に建てられたケア付き仮設住宅でも、入居者が自由意志で集まれるようなお茶会や食事会がもたれた。さらに震災復興シルバー公営住宅でも「ひとりで食事をするよりは、たまには大家族のように集まって食べよう」という緩やかな形での共食の試みが行われている。お年寄り同士やボランティアが食を共にすることで、ひとり一人のお年寄りが孤立しないような配慮をすることは、高齢社会の課題に対する重要なアプローチの一つであると思われる。